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全サービス業共通 哲学編

PHILOSOPHY 

 この世に有る2種類の差別

 
 
 
 
あなたは、この世に有る2種類の差別について、ご存じですか。
 
経験的に何となく知っている人も多いかもしれません。
しかし、意識して実践する人は少ないと感じています。
サービス業では、2種類の差別の存在を知らないでは済まされない事があります。
そこで、本講義は、この2種類の差別について講義します。
 
 
サービス業で働く際は、パートタイム職員はじめ、すべての関係者が知っていないといけない心得の一つが、この2種類の差別です。
 
 

 この世にある 2種類の差別

 
 
2種類の差別とは何でしょうか。
 
 

「悪意から生じる差別」
 
「善意から生じる差別」

 
 
この二つのことです。
 
悪意から生じる差別は、誰でもご存じですが、例を出しましょう。
 
 
通勤時間帯に車椅子の方が、駅に向かって幅の狭い歩道を進んでいるとします。
そこで、後ろから来た人が、「朝の混んでいる時になんだ。じゃまだ。どけ。空いている時間に移動しろよ。」と、車椅子を勝手に押して端に寄せたとします。
 
車椅子だから通勤時間帯に移動できないというのは勝手な良い分だと分かります。
このように、悪意から生じる差別は、誰でも簡単に判断が付きます。
 
悪意から生じる差別の特徴は、受けた側も、また側で聞いている第三者も、無条件に反論することができ、また怒ることもできます。
 
差別は良くないと教わる典型的なものも、そのほとんどが悪意から生じる差別であることが多いです。
 
現在は、差別は悪いことだと子供でも知っています。当然、サービス業従事者も意識的に差別をしようと思う人はいないでしょう。
 
私が、本講義で改めて悪意から生じる差別について詳しくお話しなくても分かると思います。
 
ここでは、概要だけお話して本題に入ります。
 
悪意から生じる差別には、今ここで例を挙げたように、人間性の問題、良識の欠如というだけなら話は簡単になります。差別する人は、人格の問題で終わります。
 
ところが、悪意から生じる差別には、善良な人でも無意識に加害側になり得る見逃せないものが、三つあります。
 
 
 
一つ目は、慣れないことで生じる差別です。
 
例えば、今でこそ、肌の色、目の色が違う人が地球上にいるということを小学生でも知っています。しかし、知らなかった時代では、どうだったでしょうか。自分達の外見と違う人を見て、無条件に受け入れたでしょうか。違っていたことが各国の歴史からも学べます。
 
慣れないことで生じる差別が、なぜ生じるのか。その理由は、人には自己保存欲求や防衛本能が生来あります。そのため、安寧な生活を脅かす可能性があるものを排斥しようとする心理が生まれるからです。
慣れないことで生じる差別は、悪気無く未知の存在への警戒心から生じることが多いのです。問題は、この悪気無くという感覚が先に立つことです。
 
 
二つ目の差別は、無知から生じる差別です。
 
例えば、空気感染しない疾病にもかかわらず、感染しないという事実を知らないばかりに、隔離したり、排斥しようとする差別があります。
また、自分が信じているもの以外を信奉する人を排斥しようとすることもあります。
 
 
一つ目の「慣れないことで生じる差別」も、二つ目の「無知から生じる差別」も、誤解が解ければ、解決することが多い。これは多くの方々が感じることではないでしょうか。
 
したがって、例えば身体障がい者の方々を特定の場所にいて頂き、社会生活から遠ざけるよりも、子供の頃から可能な限り、健常者と一緒に生活して頂く方が、慣れることで無用な差別を無くせます。
 
外国の人達とも、日頃から交流をしていれば、見聞きすることで慣れ、信頼関係もできる。このことで肌の色、目の色等、また言葉の違い、なまりで差別が生じることも無くなります。
 
 

「特別」なことではなく、あたりまえのこととする。

 
これが、「慣れないことで生じる差別」と「無知から生じる差別」を無くす手立てになります。
 
 
 
誰もが考えなくてはいけないことは、三つ目の悪意から生じる差別です。
 
これは、前の講義でもお話しましたが、人間は自分の存在意義や、存在証明が不明確のまま生まれるために、絶えず自分の「居場所」を欲します。
 
この場合の居場所とは、前講義でお話したように、自分が生きていて良いと実感できる場所、あるいは他者から必要とされているという実感を得られる場所になります。
 
この自分の「居場所」があるかないかで、生まれる差別があるのです。
これが、最も厄介な「悪意から生じる差別」です。
 
 

無意識に他人を卑下し差別することで自分の優位性、あるいは存在証明を得ようとする「悪意から生じる差別」がある。

 
 
今の自分のおかれた環境に自信と生き甲斐があり、他者からも評価を受けているという実感がある人は、一生この差別の加害者にはなりません。
 
しかし、以下に該当する人が、加害者になり易いのです。
ここでは一例のみ記載します。
 
1,自分がイメージしている自分自身の価値を、他者が評価していない。
2,自分が理想とする姿や、夢見てきた姿よりも、現在の姿が、ほど遠いと感じている。
3,自分の存在自体に確固たる自信を得る状況でない。
 
上記の該当者のように、マイナス感情の反動が悪い方向へ出た差別意識があります。
これは、すべての人が心底に持つ、優越感や存在証明の実感を満たしたいという欲求から生じる無意識の差別意識です。
 
自分よりも、立場や身体が弱い人間に対し強圧的にでることで、無意識に自我の優越感を得ようとする差別があります。そして、無意識に自分の存在証明の実感を得るのです。厄介なことに本能からくる意識のため、無意識で行っていても快感が得られるのです。
そのため、これは誰しもが起きる根の深い差別の元です。
 
無意識に行っているため、悪意から生じているにもかかわらず、自覚できません。そのために、相手を責めすぎていても自制がきかないのです。
これは、いじめやパワーハラスメントと同じです。
心は一つのため、同じ心根から発している分、いじめやパワーハラスメントと現象が似ています。
 
平たく言えば、自分の存在自体が不明確で確固たる自信が無い人にとって、自分よりも、立場や身体が弱い人間に対し強圧的にでることは、一種の快感と同じ働きがある。だから止められない。そのため、非常に厄介なことなのです。
 
これが、悪意から生じる差別が、単に人間性や良識の欠如というだけではない、本当の怖さなのです。
 
心根の原因をケアしない限り、悪意から生じる差別やいじめ、パワーハラスメントは無くならないのです。
そして、人生は順風満帆な時だけではないため、誰もが加害側に成り得る、これを、ここでは自覚頂くことが大事です。
 
自覚頂ければ、加害側になる確率を下げられます。
 
 

 

 善意から生じる差別ほど恐ろしいものはない

 
 
 
「悪意から生じる差別」を理解頂いた上で、あなたに真剣に考えて頂きたいのは、これから話す、「善意から生じる差別」の方です。
 
そして、あなたが教育担当であれば、必ず最初に新入社員に教えなければなりません。
 
 
それでは、本講義の本題に入ります。
 
サービス業従事者にとって知らないでは済まされない。それが、善意から生じる差別なのです。
 
 
善意からも差別が生まれる?
困ったことに初めて聞いたと驚く人も研修ではいるのです。
 
善意から生じる差別を知らずにサービス業従事者になる人が、実際は多いです。
 
そのため、私が行うホスピタリティの新人研修では、必ずといって良いほど「善意から生じる差別」について話します。
そして、けっして忘れることのないよう従事してくださいとお願いして来ました。
 
改めて尋ねます。
 
 

あなたは、「善意から生じる差別」を知っていますか?

 
 
では、実際どのようなことが、善意から生じる差別か。実際有った事例を基にお話します。
 
車椅子の女性がおられました。そこに中年の女性が近寄ってきて、励まそうと思ったのかも知れません。中年の女性は、車椅子の女性に、笑顔で言いました。
 
「あなた、車椅子なのに明るくて良いわね。」
 
恐らく、表情から見て、中年の女性には悪意などありません。
ところが、言われた女性は、複雑な表情を浮かべ、愛想笑いで会釈するのが精一杯という感じでした。
 
なぜだか、あなたに分かりますか?
 
車椅子で明るくいると特別なのかという印象を、無意識に受け手に与えているのです。
これが、善意から生じる差別です。
 
善意から生じる差別の特徴は、受けた側も、相手に悪気が無いことは分かっています。その上で、何とも言えない切ない感情が、理屈抜きにわき上がるのです。
 
悪意から生じる差別なら素直に怒れたことも、善意から生じる差別に対しては、感情を出せない。この何とも言えない感情が、悪意から生じる差別よりも、遥かに心を深く傷つけるのです。
 
 
理解を深めるために、他にもいくつか仮想の例を出しましょう。
 
● あの子は、お父さんがいないから、あの子の前ではお父さんの話をしては駄目よと、我が子にいう母親。

● 耳の不自由な人の前でコンサートの話は控えようと話す同僚。

● あの人は、片手が無いから見ないようにしなさいと、電車の中で孫に語る祖母。
 
 
他にも例はたくさんあります。
共通している点は、皆良かれと思ってやっているのです。
確かに、一見すると思いやりの気持ちのように見えます。
 
この「目先の思いやり」にこそ、注意が必要なのです。
 
確かに、親がいない。体が不自由ということは、経験した人にしか分からない辛さがあります。
しかし、一度、七転八倒の苦しみから抜け出したなら、苦しみの傷は残っていても、精神的には治っているのです。
 
善意から生じる差別は、この治っている傷痕を開くことになりかねないのです。
だからこそ、注意や配慮が必要になるのです。
 
親がいないということは、両親がいる人に比べ、遥かに辛い。
しかし親の無い子は、この事実を受け止めることで前に進むしかありません。
体の不自由な方も同じです。事実として、あるいは現実として進むしか無いのです。これは、本人が一番承知していることなのです。
 
だからこそ、前向きに生き始めている人達を、あえて特別扱いしない。これが本当の優しさなのです。
 
この優しさに気づくには、相当苦労した人にしか分からないことかも知れません。
 
本当の優しさは、特別扱いしないことなのです。無論、困っているのを見て放置することではありません。
 
 

ごく「自然」に応対する。

 
これが大事な感覚なのです。
 
 
平等、公平という言葉を声高に語る教師がいますが、私から見れば、大層良い環境に恵まれ苦労なく育った人だなと感じます。
 
確かに、平等、公平は、この世にあります。ただし、それは権利や法の前だけです。
自然界に平等も公平もありません。これが厳しい現実です。
 
だからこそ「自然」に応対するという言葉には、深い意味があるのです。
 
事実は事実として理解し、また尊重する。その上で相手の喜ぶこと、相手が癒されること、それを酌んで上げる。大事なのは、容易に尋ねるのではなく、感情を酌むということ。本当の優しさは、相手に同情し、哀れむことではありません。
 
 

同情や哀れみは、かける方は満足でも、受ける方は辛いことが多い

 
これが、善意から生じる差別の典型的なケースになります。
この感覚は、サービス業従事者にとっては、知らないでは済まないのです。
 
 
これから先、考えられる善意から生じる差別は、一人暮らしの老人、イコール寂しい人と決めつけることです。
 
個人の自由で生涯独身の人もいます。また、事情により離婚し、一人の生活を選ぶ人もいます。
一人は、寂しいと決めつけてはならないのです。家族がいないこと、イコール不幸ではない。
 
寂しくないですかと尋ねることは、一見優しい言葉に聞こえますが、善意の押し売りになりかねないという自覚が必要です。
 
 
では、ほっとくことが良いのか。どうすれば良いのか。分からなくなる人もいるでしょう。
 
では、どうすれば良いのでしょうか。
それが、つかず離れずという「間合い」です。
 
 
接客は、間合いをとるセンスが非常に重要なのです。
本講義が、なぜサービス業に関係するのか。もう御理解いただけたと思います。
 
何か有れば、直ぐ役に立ちますという意志表示だけ相手に伝え、離れたところで見守る感覚を持ちます。
先ほど、容易に尋ねるのではなく、感情を酌むと話した理由は、ここにあります。
 
確かに一人暮しの老人にとって、生活に不便な事がある。それは、容易に想像が付きます。
しかし、相手が望んでいないことを、先にすることが相手のためになるのか。これを心の中に置いて接客する。絶えず、相手との間合い、心の距離を意識しつつ、相手の様子を観察する。この意識がないから、「商品知識だけで接客できる」と誤解し、客が逃げるのです。
 
 
本当の優しさとは何か。
これを、全く考えていない人より、悩んでいる人の優しさの方が受け手は身に染みる。情とは、そういうものです。
 
善意から生じる差別があるということを知って接客する人と、全く考えずに接客する人では、勤続年数が増すにつれ、大きな差となって表れます。人格の深みも、このような点から分かれます。
 
人を相手にする商売を、言葉が通じれば接客できるなどと安易に考えているから、閉店倒産するのです。
 
 
 
見識を深めて頂くために、最後に話題を変えて、事例をお話しましょう。
 
東京銀座に、スワンカフェ銀座店というカフェがあります。
http://www.swanbakery.co.jp/
 

所在地 東京都中央区銀座2-12-16 LinkIcon地図はこちら(Google Mapへ移動)
  日比谷線東銀座駅より徒歩3分
  銀座線銀座駅より徒歩5分

連絡先Tel. 03-5148-5860
営業時間月~金曜 11:30~23:00定休日土曜・日曜・祝日

 
 
スワンカフェは、宅急便でおなじみのヤマト運輸、故小倉昌男会長が、障がい社の工場を見学した際、人が人らしく働いていないことに憤りを感じ、人間らしさを得られるようにと障がい者雇用推進のために作ったカフェです。
 
 
以前、このお店でビジネス交流会があり、私が参加した際のことをお話ししましょう。
 
端に立っていた女性スタッフが、トイレの前のドアを開けて待っていたのが見えました。
 
当時トイレの前には、重い扉がありました。女性客は開けるのに苦慮していました。その様子を見ていた女性スタッフは、来客者がトイレの方へ体が向くだけでトイレの前のドアを開けるようになりました。そして、秀逸と思ったのは、ドアを出ると扉を閉め立ち去るのです。もし開けたまま待たれたら安心してトイレを使えません。
人のために心が動き、心情を酌める。立派に接客していると感じました。
 
 
重ねて、同店に店長と言われる男性がおられました。コミュニケーションをとることは苦手のようでしたが、私は彼に釘付けとなりました。
 
これ以前に、高級と評価されているホテルチェーンのマネージャーに、お客さまの側を通る時、呼吸を変える必要があると研修で話したことがありました。
参加したマネージャー各位、皆様十年以上のベテランです。それにもかかわらず、何方もご存じ無かったのです。
 
こちらのホテルに限らず、恐らく多くのホテルマンは、聞いたことが無い人が多いでしょう。したがって、知らなくても無理はありません。
 
ところが、スワンカフェの店長の彼は、私が言った「呼吸を変える」という感覚を実行しているのです。
特別な接客指導はしていないと事業責任者に伺いました。慣れている様子から見て、他者から教わったとは考え難い。店長の生来のセンスでしょう。
 
身体に障がいがあるということは、確かに不自由かも知れません。
しかし、スワンカフェで分かるように、体が不自由でも、魂が劣っているわけではない。その証しをスワンカフェで学べます。
 
だからこそ、外見的な表面上のものだけで人を判断することが、いかに無意味でレベルの低いことか。サービス業従事者は、新人研修の際から意識しなければなりません。
 
当然のことながら障がい者は、健常者より劣っていると勝手に決めつけてはいけないのです。
寧ろ、私から見れば健常者よりも発達している感覚があると感じています。例えば、健常者よりも他人の心根を見抜くスピードが速い。したがって、気休めを言っているわけでも、きれい事を語っているわけでもないのです。
 
 
外見的な表面上のものだけで人を判断しない。このことを、私は「善意から生じる差別がある」ということを通じてサービス業従事者に学んで頂きたいと願っています。
 
私が十代の頃、みすぼらしい格好で東京日本橋のある百貨店に行ったことがあります。高級百貨店ですから、ドレスコードを観たのでしょう。当然のように差別されました。
 
身なりで人を安易に判断すること、大きな機会損失になる。このことを自覚できないのは、サービス業従事者として非常に残念なことです。
 
なぜなら、会社も店も発展するように、お客さまも発展するのです。今ある目前のお客さまの姿が、真とは限らない。
 
「本物の接客」という世界を、是非学んでください。そして、あなたの社内に普及させてください。それが、世の中のためになります。
世の中のためになる。それが、会社のこの世での「居場所」になります。そして法人の居場所のことを、別名「ブランド」と私は呼んでいます。改めてマーケティングの講義でブランディングの本意を講義します。
 
 
故小倉昌男会長は、私が敬愛する経営者のお一人ですが、宅急便だけでなく、非常に良いものを残されたと思いました。
故小倉昌男会長が善意から生じる差別に気づいていたかは定かではありません。
しかし、少なくとも人は人としてどうあるべきか。深く理解されていたことは、スワンカフェの方々を拝見し、よく分かります。
 
もし、あなたも興味があれば、来店してはいかがでしょうか。
無論、障がい者が営んでいる特別な店という感覚では無く、来店して上げてください。
 
障がい者が働いているから良い店ではありません。スタッフが活き活きと働いているから良い店なのです。
 
 
明日から店頭に立つとき、あるいは本社内で人と接するとき、誰に対しても「自然」に応対する。私が言う「自然」の本意を、あなた自身で感得してください。
 
 
 
これで、講義を終わります。
 
 
 
 

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