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なぜサービス業というのか?

 

なぜサービス業というのか?

 
 
あなたの周りに、なぜサービス業と言うのか、答えられる人が何人いますか?

サービスだから、奉仕すること、
来店者を歓待すること、
顧客を大事にすること、
値引きすること、
景品を付けること、
あるいは、語源から奴隷を想像し、誰かに仕えること。

以上の様なことを答えても、それは理論上は、すべて正解です。

しかし、この程度の認識では、実際の現場では、役に立ちません。
 
この理由を、サービス業の大企業をみても容易に分かるようになっています。
 
それは、今日初めてアルバイト店員になった高校生でも、お客さまは大事な存在だと知っています。ましてや、何年も働いているパート社員の方なら、「お客さまは大事ですか?」と尋ねても、例外なく大事ですと速答できます。
「なぜ、お客さまは大事なのか?」と、その理由を尋ねても、お客さまがいなければ経営が成り立たないことは、専門教育を受けなくても、常識的に知っているからです。
 
問題は、全てのスタッフが、お客さまは大事だと知っているのに、実際は、目も合わせず挨拶ができる。お客さまが店内で何かを探していても、レジコーナーから出ない。サービスカウンターの前でお客さまが待っていても、業務日報を書くことが優先されている。こうしたことが全国で見受けられます。
 
問題とは、お客さまは大事だと分かっていても、それが、行動に出ない人が多いことなのです。

この現実の原因を、あなたの会社の方々は、今すぐ説明できるかということなのです。

では、サービス業がサービス業と言われる所以を、実践で役に立つレベルまで理解する際、どう考えるのかお話しましょう。
 

サービス業とは、「自分の心と命を、他人のために使う仕事」ということです。
 
 
したがって、他人のために自分の心と命を使っていない人は、仕事をしていることにはならないということです。

答えを聴いてしまえば、なんだ そんなことかと思われる人も多いでしょう。
 
 

しかし本題は、ここからです。
 

サービス業は、自分の心と命を他人のために使う仕事です。
だからこそ、他人のために、自分の心と命を使うことができない。あるいは嫌い。人のために自分が犠牲に成ることに納得できないと考える人達を、絶対に採用してはいけないのです。

なぜなら、自分の心と命を他人のために使うことを好まない人にとって、サービス業ほど過酷な仕事はないからです。
 
あなたは意図せず、罪のない人を、この世の地獄に誘うことになるのです。
 

ところが、自分の心と命を他人のために使うことが好きな人は、相手の喜ぶ顔を見るたびに、幸福ホルモンと呼ばれる、オキシトシンが分泌されるため、自分の生活のために働いていても、この世が天国になるのです。

したがって、この現象を理解して採用するだけで、売り手よし、買い手よしになり、人助けになるのです。
 
 

サービス業に限らず、すべてのビジネスも商売も、個人戦でなく団体戦です。
協調性のある人や、真面目に作業してくれる人が必要であることは間違いありません。
しかし、それだけで採用しているから、苦戦する原因を生むのです。

店長の言うことを素直に聴くか。
同僚と仲良くやってくれるか。
勤怠は真面目か。
オペレーションを間違いなく実行してくれるか。
 
これらの採用基準は、確かに間違いではありません。
但し、最優先の基準ではないのです。


採用時の最優先は、他人のために自分の心と命を使うことが好きかどうかなのです。
 
もし私の言うことに疑義があれば、あなたの近くの大手スーパーを、いくつか見てください。

サービス業の大企業を見れば分かるように、ほとんどの会社が採用基準に誤りがあるのです。
それが、販売不振を生んでいるのです。

そして、根が深い問題であり、私なら絶対にしないことをしている大企業が多いのです。
 

それは、真面目かどうかが、優先されていることなのです。
 

私の言うことを驚かれますか。真面目は悪いことなのか。いえいえ、真面目は良いことなのです。それは、私も疑いなく不真面目より、真面目な人を採用します。

根が深い問題と最初に申し上げたのは、なぜ真面目に見えるかという理由を、考えもせず採用していることが問題なのです。
 
真面目な人というのは、得てして小さい頃から真面目で、学校の勉強もコツコツ行い、親や先生の言うことも反抗せず生きてきた人が多いのです。当然、悪いことではありません。

問題なのは、真面目な人が習慣的に身に付けている呼吸の仕方が、接客業に不向きなのです。
 
驚かれましたか。無理もありません。このようなことを言う人、私以外、そうそういないでしょう。

今は分からなくても安心してください。改めて、講義でお話します。また、この程度で驚いていてはいけません。怖いことは、他にもたくさんあります。
 
ここでは、深入りせず先に進めます。

では、もしあなたの会社で採用してはいけない人かを判断する際、どこを見れば良いでしょうか。

簡単な見分け方があります。採用してはいけない人は、必ずバックヤードで客の悪口を言います。そして、同僚同士、あなたより客の方が悪いと慰め合う。見分け方は簡単です。


怖い話があるというのは、気休めではありませんので、少し付け加えます。

改めて、これも講義でお話しますので安心してください。
 
 
サービス業特有の病、「人疲れ病」があります。
 
「人疲れ」という現象を放置していると、入社当時は、サービス業に適性があったにも関わらず、数年で無くなってしまうということがあります。

当然ながらサービス業に適性が無い人が、人疲れという病にかかり、これを放置していると、物凄い怖いことが生じます。

例を出しましょう。
介護施設での不祥事が複数報道されていますが、私の見立てでは、すべて人疲れという病を放置した結果です。
 
人疲れという病は、単なるストレスや仕事の疲れとは違うのです。人疲れという病にかかっていても自覚症状がない。だから怖いのです。

ところが、人疲れという病にかかると、職場だけでなく、家族を含め、周りの人にあたるようになる。無自覚にあたる。これが、怖いのです。
 
あるいは、人を許すことができなくなるため、人の粗に異常に敏感になるのです。
 
こうしたことに気づいたら、自分が人疲れという病にかかっていると思わないといけません。
 
人疲れという病は、感情のコントロールがきかなくなるのです。そのため、いつも怒ってないと、自分を見失うようになる。
 
では、怒れない性質の人は、どうなるか。鬱のような状態になります。ため息の数が多くなります。

携帯電話会社のショップ店員が、お客さまを「クソ野郎」と揶揄していたことも報道されましたが、これも人疲れという病を知らずに働いていた結果です。
 
お客さまを悪く言う行為を通じて、無意識に、自分を慰めているのです。それだけ、深刻だということです。

このショップ店員が、仮に入社前から素行が悪かったら、いくら人手不足でも採用はしないはずです。原因を理解しなければ、当該社員を解雇しても、抜本的な解決にはならないのです。
 
恐らく同店舗内の他のスタッフも、人疲れという病になっていると推測できるからです。

そのため、この会社に限ったことではなく、どこの会社でも起きることです。

倒産する病院も、実は人疲れという病を放置した結果です。倒産する病院は、医療のスキルとは、別の問題の方が多いとみています。
したがって、この病院は無くなると、予言できています。
 
人疲れという病にスタッフがかかったことで、知らず知らずに病院の評判が悪くなり、来院者が減ったのが原因です。
だからこそ、この人疲れという病は、対人応対があるサービス業では、軽視できない現象の一つなのです。

人疲れという病は、聴いたことがなくても、あることだけ、ここでは知っておいてください。

人疲れという病は、サービス業では避けては通れません。

改めて「人疲れという病」という発生原因と、かかってしまったときの対処方法を講義します。

サービス業の本質を教える指導者が社内にいないということが、サービス業の企業にとって、極めて危険であることの感じが、少しでもつかめて頂ければ、ここでは充分です。