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【講義】3つ目の開校理由になった御仁から学ぶべき真髄

 

【講義】3つ目の開校理由になった御仁から学ぶべき真髄

 
 
開校の理由の3つ目に、ある人物の面影が消えつつあると話しました。
 
その人物についてお話しましょう。
ここからは、ざっくばらんにお話しますので、どうぞ気楽になさってください。

但し、単に私の好きな人の話では、あまりにも質がありません。
そこで、講義を兼ねます。読み始めたら最後までご覧ください。
 
記念すべき、商人道義塾 第1回目の講義になります。

 

 


 

私が、この人が出世すれば、必ず世のため、人のためになると感じる人に、差し上げてきた書籍があります。この書籍の著者こそ、私が理屈抜きに好きな人物(以下、著者ともいう)なのです。
 

私が知るかぎり、サービス業の関係者が記した書籍の中では、最も未来へ残すべき名著だと思っています。
但し、この書籍は流通していないため、関係者でも、今となっては容易に手に入りません。(ご紹介できないにも関わらず、お話しするには、相応の意味があります。)


なぜ、私がこの書籍を名著だと思うのか。理由は多義にわたりますが、一つ理由をお話します。

その理由は、会社が発展するための優先順位が、明確に書かれているからです。

会社自体の成長を設備、制度等々のハード面から考えるよりも、その会社で働く人達の成長を考えることが先だと記されています。
 
 

 「社内の人が育つから、会社が育つ。」

 
 
簡単な言葉ですが、実は、奥が深い言葉なのです。

なぜなら、社員が成長すれば、会社が発展することは誰でも分かります。だからこそ、社員研修を、大手企業ほど好みます。

しかしながら、この著者は、その程度の表面的な認識で書いていないのです。
 
私が、著者の優れた考えと思う点は、「会社のために従業員を育てるのではない。」ということです。
この点が、恐らく多くの管理職の考えと異なる点でしょう。
 

したがって、先ほどの言葉を、言い換えれば、
 
 

「社員を会社のために育てなくても、人として社員が育てば、結果的に会社が育つ。」

 
となります。

なぜ、このような発想が著者にはできるのか。それは、社員は、会社のものでは無く、世間様からの預かりものという感覚があるのです。
 
しかもこの感覚は、著者本人だけでなく、著者の祖先達が何代にも渡って実行してきているのです。これが、奥が深い理由です。

したがって、経営者は社員を会社のためだけでなく、物心両面で豊かにするべく教育しなければならない。その義務と責任が経営者にはあるという感覚が、この本には書かれているのです。

社員が勇んで働き、満足して就業していれば、その結果として会社は発展すると経験を持って記してある点が、名著と言える理由です。

加えて、もう一つ本の内容をお話しすれば、著者の考える人事についてです。
 
一般的にも、人材は適材適所と言われます。これは、多くの人が知っています。

但し、自分で天職を見つけられる人は良いのですが、世の中なかなか自分では見つけられません。

ややもすると、安易な人事、裏付けがない評価が、人の可能性を殺すことがある。
だからこそ、その人その人が活かせる場を、人事担当者は、本気で悩まなければならない。

そして、適材適所ということの本質を、深く知らねばならない。人を活かすと言うことは、何を活かすことなのか。これらが、事例と共に書かれています。

あなたの会社は、人事部が、頭を抱えて日々悩んでいますか?
悩んでなければ、業績は良くない。該当しませんか?

人間という生きものを、本質的にとらえていなければ書けない内容の本です。
人を教育するとは、何を大事にすべきなのか。指導とは何か。的確に教えています。

管理職に就く人や、指導者となる人には、読んで損は無い書籍だと私は思っています。
だからこそ、一角の人物だと思う方には、頼まれなくとも差し上げるのです。

しかし、この書籍を私が人事責任者なら、闇雲に、社員に読ませることはしません。
なぜなら、以下に該当する人が読んでも意味が無く、また時間の無駄になることが分かっているためです。
 
 

一つ目の該当者は、部下に好かれたい、あるいは部下に好かれることが管理職としての人望だと考える人

 
こちらの方は、読んでも時間の無駄になります。

なぜなら、部下から好かれたいとは微塵も思わない人間が記した書だからです。
「自分を嫌っている人間でさえ、物心両面の幸せがあるように考える。」これができる著者が書いています。したがって、人に好かれることを優先し、自分を慕うものを優先するという人には、一生分からない内容の本なのです。
 
 

二つ目の該当者は、組織が大きくなればなるほど、波風を立てないことが最優先だと考える人

 
こちらの方は、百回以上読んでも、著者の本意は学べません。

ビジネスも商売も個人戦ではなく、団体戦です。したがって、チームワークは非常に重要です。争うことを推奨している訳ではありません。以下、注意して読んでください。

この世で、新しいものが誕生する時、あるいは過去のやり方を変え、形態が変化する時、必ず「熱」が生じます。それは、摩擦がおこるからです。これは、宇宙でも自然界でも、人間界でも同様です。
したがって、摩擦、抵抗や軋轢を恐れ、何もしないことが本当に正しいのか。深く考えることのできない人には、この書籍を読んでも意味がありません。この誕生の摂理や変化の摂理を、重んじる経営陣や管理職が組織に少なくなると、企業内の秩序は整っても、イノベーションが起きにくくなり、衰退へと進みます。
 
  

三つ目の該当者は、客と名乗る人から、恫喝や激高をうけ、ただその場凌ぎに謝るだけ。あるいは直ぐ警備員や警察に通報するような人

 
こちらの方は、この書籍を丸暗記しても、著者の本意は一生分かりません。そして、この三つ目の感覚が分からない人は、管理職の適性がないとも、私は言っています。

客を名乗り、目の前で言葉汚くなじる人でも、言っている事が正論なら、仲間になってもらうことをお願いする。怒っている、言葉遣いが悪い、態度が粗野、その程度には心を留めず、相手の心根だけをじっと見る。そういう生き方のできる人が書いた本だからです。 
 
 

四つ目の該当者は、簡単に妥協する癖がある。あるいは自分より立場の強い人とは争わないことが無難だと考える人

 
こちらの方は、この本を読んで、書かれている言葉の意味をすべて理解しても、行間を読むことができません。結果、優れた管理職にもなれませんし、せっかくの名著が勿体ないことになると分っているため、4つ目の該当者には、たとえ大金を出しますと言われても、差し上げません。

命に逆らいて君を利するということ。誠が強い人間ということは何か。それらを知る努力ができない人は、この著者の本は、全く意味を成しません。
 

この書籍は、後進のために書かれているため、読む人を選ぶ本ではありません。著者も、そう願って書いています。
しかし、日本語が分かれば、誰にでも読めるというレベルの本ではないのです。

人類の歴史には、読めば学べるという本と、読むだけでは意味をなさず、全く役に立たない本という物があります。この書籍は後者であります。
 

この書籍を読んで、文中のすべての言葉の意味を理解し、それを暗記しただけでは、現実には全く役に立ちません。
乱暴な言い方で失礼に聞こえるかも知れませんが、いま私が言っていることは、分かる人には分かります。
 

前置きが長くなりましたが、この書籍は、小嶋刀自(とじ)が記した「あしあと」という書籍です。
小嶋刀自とは何方か。ご存じ無い方もおられるでしょう。
 

この書籍の著者は、東海友和著書「イオンを創った女 ― 評伝 小嶋千鶴子」の御本人です。
100歳を超え御元気でおられます。したがって、過去の人ではありません。
話が、少しそれますが、私の見解を付記します。

「あしあと」は、間違いなく名著でありますが、致命的な欠点があります。
 
欠点があると言うと、小嶋刀自を知る相当な数の人が、怒るかも知れません。気分を害される方がおられれば、ご容赦ください。

では、どこに欠点があるのか、率直にお話します。

「あしあと」を書いた小嶋刀自は、自分が優れた人間だという自覚がありません。
そして、自分が極めて優秀なリーダーであり、経営者だという自覚もない。そのため、もう一歩踏み込んで書かなければならないことが、著者の謙虚さゆえに書かれていないのです。
本当に後進に伝えなければならない事が書かれていない。そう感じています。
小嶋刀自の面影が消えて行っている理由も、これが原因の一つかも知れません。

人間にとって、謙虚であることは、崇高な美徳と思います。
小嶋刀自の人柄ゆえの欠点で有ることも承知しています。
大企業の礎を築いても偉ぶらない人柄。現役を退いて長く経っても尚、周りの人に恵まれる人柄。だからこそ、私は小嶋刀自という御仁が理屈抜きに好きなのです。
 
周りの人に恵まれる人柄とは、どういうことでしょうか。
 
小嶋刀自が終の住処として造った施設があります。
その施設の人に、商品を送ってもらったことがありますが、単なる丁寧ではなく、誠が強いと思う梱包に感心したことがありました。
 
その後、小嶋刀自のお側におられる方に、「小嶋さんとは、どういう方ですか。」と尋ねたことがあります。私は、元気で楽しい人、優しい人というような、ありきたりの答えが返ってくると無意識に予測していたのでしょう。
 
ところが、「小嶋千鶴子は、私たちの宝です。」と即答されました。
 
九十歳を超えて尚、他人から宝と言われる。
何という人生だと、感心などという言葉では、表現できないほどの感情が、芽生えたことがありました。
 
つくづく良い人生を過ごしてこられた方なのだなと、身に染みたことを覚えています。
 
人に恵まれる人は、私を含め、世の中に多くいます。
しかし、小嶋刀自はレベルが違うのです。
「あしあと」に記されていることに偽りはない。改めて実感させられた瞬間でした。


では、名著「あしあと」のどこに欠点があるのか。その理由をお話しします。

「あしあと」を丸暗記したとして、以下の感覚は得られない。それが、欠点という理由です。

いかがでしょうか。今、私を批判する方、立腹した方は、本気で一緒に考えて見ませんか。私は、伊達や酔狂で、小嶋刀自を好きと言っている訳ではないのです。
 
 


 
 
第二次世界大戦中、小嶋刀自の自宅も店も空襲で焼け落ちました。
常人なら、自分がこれから先、どう生きていくかで手一杯です。自分のことしか考えられなくなっても、誰にも責められ無い状況であろうと思います。

ところが、小嶋刀自は、従業員に退職金を払い。従業員名義の株式も現金で買い取る。尚且つ、戦時中の避難時、営業利益もないであろうころに、当座の生活費だと言い、店にある現金を従業員に分けていたのです。

それどころか、驚くことに、焼けずに所持していた半紙に商品券を御持参の方は現金化しますと書き、街中に貼って、お客さまに返金したのです。
しかも、これらを、小嶋刀自は三十歳も満たない年齢でやれるのです。
 
 

 
 
 

問題は、「なぜ、迷いなくできるのか。」この点なのです。


どうすれば、自分が絶体絶命の際に、自分よりも他人を優先することができるのか。

この心根は、何から生まれるものなのか。どうすれば、生まれるのか。
 
人の上に立つということは、何が必須か。
なぜ、自分を他人のために犠牲にできるのか。
 

もし今、私の言葉に批判や立腹しているなら、その人にお尋ねしたい。
「あしあと」を何回読めば、小嶋刀自のようになれますか。
小嶋刀自の本当の凄みは、「あしあと」からでは学べない。私は、そう感じています。

したがって、名著「あしあと」から学べないものがあると自覚させて読ませなければ、著者が最も大事にしている本質は見えてきません。

「あしあと」を読み、知識だけ高めれば事足りるという錯覚が、悪気無く大事なものがなくなっていく原因を作るのです。
 
 

小嶋刀自から後進が、先ず学ぶべきことは、人の上にあがる者、人の前に立つ者の腹の括り方なのです。

 

心定めなどという生易しい覚悟ではない。自分に対しても、他人に対しても絶えず本気。これを学ばないから、面影が消えていくのだろうと思います。

自分(著者)は、人の上に立てる器ではないと感じつつ、それでも自分が、人の上、人の前にいることで社員が不幸になってはならない。だからこそ、どんなに疲れていても、研鑽を積むために数時間の読書を、毎日続ける。
 
船長である自分(著者)が、天気(=経済状況)を予測できなければ、乗員乗客が危険にさらされる。だから朝は早く起きて、十社ちかくの新聞に必ず目を通してから仕事に出る。
 
小嶋刀自にとって、己の成長や研鑽は、自分のためだけでなく、他人のため。己の努力が、すべて人のため。世俗の中で、これ以上、天晴れな生き方があるだろうかと思います。

会社をよく変えようと思えば、先ず自分を変えること。自分が変れば、周りが変り、組織が変り、会社が変るという信念を貫いて生きてきた。己の人生のすべてを掛け、命がけで管理職をやる。
 
これが、「あしあと」に著者自ら記すことのない、小嶋刀自という生き方です。
そして、この生き方を引退まで貫き、ジャスコの屋台骨を作ったのです。
 

「あしあと」にある実際の文章を引用すれば分かりやすいことは承知していますが、著作権保護も必要です。何より、ご本人の承諾無く引用すること、私の仕事がら抵抗があります。

また、安易に引用すると失敬になるため控えますが、「あしあと」の最初に、はじめにという序文があります。
 
この序文、序文にもかかわらず、商売の真髄が書かれております。

私が初めて拝見したとき、序文に真髄を平易に書いてしまっていると、感心しつつも、微笑みながら呆れたことを昨日のように覚えています。

序文のため、相当な数の人が、スルーして読んでいるのだろうと多くの店を観て感じます。

またこの序文には、ジャスコの時代は、店員が笑顔で仕事をしていたのに、今は店員の笑顔が少ない、いや無い店の方が多い。この理由も分ってしまうのです。
 

商売の真髄と言うと、気になる人もおられるでしょう。

そこで、私の言葉で置き換えます。またこのことは、商道にとって非常に重要な為、実践編の中の講義で改めて扱います。安心してください。
 
 

 商売の真髄とは何か。

 
それは、店員が明るければ、明るいお客さまが集まり。定員が暗ければ、暗いお客さまが集まる。そして、明るいお客さまが集まる店が繁盛するという内容が序文に記されています。

この感覚が、ビジネスマン教育を受けただけでは、身につかないのです。

店作りとは、店舗デザイン、什器の配列、商品陳列、その程度のものが作り出すものではないのです。
 
 

人が住まない家は朽ち果てが早い。

 
この感覚を、先ず理解することが、商道の基本中の基本になるのです。
 
 
お客さまに恵まれる店が、最も寿命が長い店であることは誰もが知っています。
では、どういうお客さまに恵まれる必要があるのか。それを見極めることができれば、集客が多い時点で、閉店になる先行きを予測できるようになるのです。これが、私が言うマーケティングセンスでもあります。


小嶋刀自の生き方を、真似はできなくても、尊さを実践しようとすれば、少なくとも、その人の部下は幸せです。

大事な点は、偉人の考えを学ぶより、生き方を学ぶ方が、真理に近づくということです。

考え方は時代と共に変わります。しかし、生き方は普遍性があることの方が多い。

例えば、小嶋刀自の現役時代は高度経済成長期です。これからのスーパーは、真っ直ぐで統一されたキュウリを売るようになると考える。
しかし、これからは、サステナビリティが重要な時代であり、フードロスを改善しなければならない時代です。したがって、曲がっていたり、規格外の大きさのキュウリも売らなければならなくなります。

ところが、小嶋刀自の人との向き合い方という生き方は、未来でも変わらない普遍的なものです。
 
 

リーダーは、時代と共に変化するものと、不変のものとの見極めができねばなりません。

 
その見極めができない人は、なんでもかんでも新しく変えようと考える。そして、闇雲に進化論を唱えます。これが、創業理念との乖離を生み、経営が傾くきっかけとなるのです。

なぜなら、過去のDNAの配列を無にして進化することはありません。
それが、自然の摂理です。

時代のニーズに合わせ変えるものがあっても、いつの時代でも、この点だけは守りぬく。このことが分からない、あるいはできない法人は、100年以上続くことはないと感得しております。




少々余談になりますが、小嶋刀自には「あしあと」の他にも優れた本があります。

仮に私が採用担当であれば、一般教養の筆記試験などは一切せず、2018年3月3日に出版された小嶋刀自の作品集を見せます。そして、何も感じない者や、感じ方に問題有りと判定された方は、たとえ知識が豊富でも、高学歴でも採用はしないでしょう。

小嶋刀自の現役時代を知る方々は、言葉遣いも厳しく、決して優しい人ではないと記憶している人も多いと思います。
しかし、現役を退き作った作品群を見れば、厳しいだけの人ではない。寧ろ、情が深く、心根の優しい人が、あえて皆のために、鬼を演じてきたんだということが分かります。

2018年3月に出版された、この作品集は小嶋刀自が、どの角度で人を見ているかが容易に分かるものとなっています。

小嶋刀自と同じ角度で人をみるセンスがあれば、たとえ中学校しか出ていなくても私は迷いなく採用します。高校、大学の知識は、言語化できる領域、即ち人が人に教えることができる領域です。
したがって、社会人になってからでも挽回できます。
小嶋刀自も同じ考えだろうと私も「あしあと」から学んでいます。
 

私は、ここ20年の間、北は北海道から、南は鹿児島まで、著者が関係した当該企業の店頭を数多く見ています。

率直に言って、小嶋刀自の面影が、店頭で残っていると感じる店舗は、一店もありませんでした。悪気無く消えようとしていると感じています。

しかし気休め無く、また名誉のために申し上げれば、経営者が悪いわけでも、社員やパートタイマーが悪いわけでもありません。
 
なぜなら、意図的に消そうとしていると感じることも、粗末にしていると感じたことも有りません。
 
寧ろ、従業員に恵まれていると感じる店の方が、圧倒的に多い。私が実際に見ているため、真実です。だからこそ、残念な思いが強くなるのかも知れません。

ただ、このまま小嶋刀自の面影が無くなると、私たち市民だけでなく、サービス業で働く人たちにとって最も大事にしなければならないことがなくなる。残念で済ましてはいけない。それが、商人道義塾を創る動機にもなりました。
 
ではなぜ、悪気無く小嶋刀自の面影が消えるのか、15年以上前に原因は見つかっています。このままでは、軒並み小売部門は、大変なことになると予言しました。
 
今日に至る間に、先代達が恐れていたことが、店頭に現れるようになっているとも感じています。
しかし、ここで詳しい原因の話をすることは、フェアトレードの観点から控えねばなりません。私の立場では、オファー無く語ることは許されません。ご容赦ください。
 
 
 
ここでの大事な点は、小嶋刀自の面影が消えることと、サービス業から大事なものが消えることに、何の関係があるのかという点です。

小嶋刀自の面影とは、「商人としてのあり方」、「商人としての生き方」を指しております。

それは、平易に言い換えれば、 「この世にいる自分以外の人との向き合い方」なのです。したがって、商売だけに留まらず、人として最も大事なことを指して言っています。
 
 

ビジネスマンと、商人では、人との向き合い方の考えに違いがあるのです。

 
これは、私の様に先祖が商人だった、あるいは物心つく頃から、自分の周りで商売をしている人達が、多くいた人でないと気づかない感覚です。

ビジネスマンにはない、商人感覚という独特の感覚、それを私は、小嶋刀自の面影と重ねているのです。商人的な人との向き合い方を残すという点では、小嶋刀自だけではありません。

イトーヨーカ堂の伊藤雅俊名誉会長にも言えることです。伊藤名誉会長は、有名なビジネスマンでもありますが、私から見れば大商人であります。


後進は、伊藤名誉会長の考え方や手法だけではなく、寧ろ「お客さまとの信頼の築き方」という生き方を真似る。そうすれば、人の世界で、お客さまに困るなどと言うことは、ありえないのです。
 

では、なぜ小嶋刀自の面影が消えつつあるのか。
ここでは、あなたにも関係するだろうと思うことを、お話ししましょう。


小嶋刀自の面影が悪気無く消える原因は、複数あります。

その中の一つに、社員教育の考え方と実施方法に問題があります。この問題は、すべてのサービス業に共通します。
そのため、あなたにも知って頂きたいのでお話します。
 

この世には、「人が人に教えることができる領域」と、
「人間では教えることができない領域」の二つがあります。

 
 
昨今、この二つを混同していると感じています。

サービス業の多くの企業が、大小規模に関係無く、この二つの違いを軽視して、社員教育を続けています。その結果、サービス業にとって大事なもの、私が小嶋刀自の面影と呼ぶものが消えるのです。

そして現在、多くの人が気づいていませんが、販売不振、顧客離反に至る原因にもなっています。

サービス業は、実践実技の世界であると言うことを忘れている経営者が、実に多い。
そのため、 「わかる」と「できる」は、全く違うという感覚をもって、社員教育を行っていないのです。ほとんどの会社が「わかったところ」で止めてしまうのです。

社内教育が、すべて理論理解だけに重点がおかれている。これが危険なのです。

我が社は、ロールプレイングや接客コンクールをしていると、反論される方もいるでしょう。
しかし、ロールプレイングや接客コンクールも理論理解の延長上にあるものではないでしょうか。日本一に輝いても、その人のレベルに全店合わせようとは考えず、終わっているからです。
 
 

 実践実技の世界では、「わかる」と「できる」は、次元が違う。

 
 
できないことは知らないのと同じ。
言い換えれば、脳が憶えると、体が覚えるは、同じではない。この認識と感覚の無さが、数字を管理するビジネスマンは育成できても、商人を育てることができない原因を生んでいるのです。
 
そして、もう一つ厄介な現象があります。 今、私が言う「できる」という意味を、理解できない人が増えているのです。
 
例えば、
レジを操作できる。
品だしができる。
返品作業ができる。
店舗オペレーションが滞りなくできる。
 
これらの「できる」は、作業ができるだけの「できる」なのです。

作業ができるレベルでは、集客向上も、売上向上にも寄与しません。
それが、現実なのです。
 
この現実を理解できず、「できる」と思い込んでいる厄介な現象があるのです。

私が言う「できる」とは、言葉は同じでも質と意味が違います。
私が、ここで言っている「できる」は、仕事ができるということなのです。
 

作業と仕事は、次元が違う。

 

作業と仕事の違いが分からないスタッフが、店舗社員構成の2割を超えるとクレームが増え、3割以上になると売上が下がり始めます。そして、5割を超えると必ず倒産に向かいます。

作業と仕事の違いについては、非常に重要なため改めて講義に致します。


関連する項目として、付け加えてお話しましょう。
 
 


今、多くのサービス業の現場で生じている、採用に関する問題点とは何か

 

 
採用に関する問題点の例を出します。


例えば、プロ野球の選手になりたいという若者がいるとしましょう。
野球のルールを丸暗記し、戦術をすべて理解しています。
だからといって、実技を見ずにスカウトして、プロ野球選手になれると誰が思うでしょうか。
実践実技の世界とは、そういうものだと誰でも知っています。

ところが、 多くのサービス業の企業は、業務を理解し、オペレーションを覚えさえすれば、店頭に立てる。そう錯覚しているのです。これが、今の客離れ現象を生み、売上不振の根本的な原因になっているのです。

では、実践実技の世界と理解している人のスカウト活動は、どうでしょうか。
野球のルールなど全く分からない。しかし、ボールを投げれば150㎞のスピードがでる。あるいは、バッターボックスに立ち、闇雲にバットをふっても、3割以上ヒットが打てる。野球のルールを知らないから、スカウトしないという判断にはならないはずです。

サービス業もプロスポーツ同様に、実践実技のプロの世界のため、知識や学歴、また真面目さや協調性、こうした採用基準だけで採用しては、いけないのです。

採用基準で最も大事にしなければならないことを、蔑ろにしているから、おかしくなるのです。
 
 

最も大事な採用基準は、他人のために自分の心と命を惜しみなく使え、物が売れる人、お客さまを引き寄せる人なのです。

 
 
これらの点を採用基準の一番の理由にする。それが、改めて必要な時代です。

私の言うことを感情論と笑う担当者がいる会社ほど、合目的的に採用活動していないところが多い。それもまた、現実です。
 
上下関係無く、誰に対しても、「あんた、間違ってる!」と、歯に衣着せず直接言え、家の事情で学士をもたない小嶋刀自のような人を採用する企業が、今あるでしょうか。

そろそろ現実的にならなければならない、時ではないでしょうか。
 
では、物を売れる人、お客さまを呼べる人は、採用段階で、どのように見抜くのか。その方法を、あなたが、この商人道義塾で学んでください。
 
ただ私が最も学んで欲しいと願うところは、 採用段階では、サービス業の能力がなくても、数年で一人前にする術を、この当塾の内容で発見して頂くことです。
 
そして、 さらに私の理想を言えば、Amazonドットコムに勝てなくても、負けない経営ができる人が増えれば良いと思っています。勝つことは、今以上に年々難しくなる。理由は割愛しますが、勝てなくも負けなければ良い。そう思います。

一日も早く商人感覚をもつリーダーが増えていかなければ、益々インターネット通販会社には、勝てなくなります。

例えば、ビジネスマン感覚だと、インターネットは仮想空間、ならリアルの空間(=店舗)は、体験型だとなる。正しい考えかも知れません。
 
しかし、成功するためには注意があります。それは、人間の体験には「楽」と「苦」、もう一つあることです。

「楽」の体験を提供する施設では、インターネット通販には勝てません。インターネット通販会社のビジネスマンと、同じ心根では、この点にすら、気づかないのです。だから、益々勝てなくなる原因を生むのです。

なぜならば、売上を左右する商売で必要な体験は、「快」。このアイデアを出せる人が増えることが、これから益々大事になります。
 
来店し楽しいだけでは駄目、この感覚を、商人道義塾で養って頂ければ理想的です。

デジタルの世界は二進法の世界です。倉庫で働く人もパーツ、ユーザーニーズはcookieやクリックで分かるという数学的な発想でも、今は許されるかもしれません。

しかし、リアルの世界、即ち世俗は、数学的な発想で成功できるほど、単純ではない。それは、なぜか。
 
 

清濁併せもち、未熟なまま死に至る人間が、千差万別の価値観で同時に生き抜いている世界だからです。そこに、店を出すのであります。

 
だからこそ、人を深く学び、本気で向き合うことを実践する必要が商売にはあるのです。


当塾のプログラムで、誠の強いリーダーを生むことがあれば、商人道義塾を開校して良かったと思うでしょう。

私のやり方で、小嶋刀自の面影を未来に残したい。これは、容易なことではありません。夢で終わるかも知れませんが、素養のある人は必ずいる。いつの時代でも変わらないと信じています。
 
 
 
 
塾主 山口善義

 


 
 

追記

 
 
小嶋刀自の面影が関係した組織から無くなりつつあると記載しました。訂正する予定はありませんが、補足致します。
 
組織全体から醸し出されるものから小嶋刀自の面影は消えても、個人の心には残るということは、あることです。この現象を、私は忘れてはおりません。
 
それは、私が今まで拝見した全国の店舗でも観ております。
 
 
この度、中華人民共和国武漢市で発生している新型コロナウイルスで帰国を希望される方々が多い中、今尚現地に残り店舗営業を続けている日本人がいるとのこと。その中に、イオンの方だと思われる人がおられます。
 
大変な覚悟と使命感で店を開けているのだろうと存じます。
そして、関係者の家族を思えば、どれほど心配か計り知れません。
 
武漢市におられる方々の無事を心より祈願致します。
 
また祈るだけではなく、日本人として誇りに思うことがあります。
 
イオンの小嶋刀自と岡田卓也名誉会長の先祖である岡田屋には、「上げに儲けるな、下げに儲けよ」という家訓があります。
 
これは、平易に言うと安く仕入れたマスクを、ウイルスで困っている人達に、高値で売るようなこと、有ってはならないということです。
 
有事の時こそ、平時同様の姿勢でお客さまに対応する。それが、商人としての信用を高めるという考え方です。そして、それが岡田屋の「暖簾」ということです。
 
この感覚は、今のイオングループにも残っています。
 
中国の方々が、日本人の経営姿勢を肌で感じて頂き、日本人の良さを知って頂ければ、これほど嬉しいことはありません。
 
イオンの岡田卓也名誉会長が八十歳を過ぎて尚、中国へ木を植えに行くボランティア活動をしておられますが、けっして形だけの行為ではないということ、多くの中国の方々が気づかれること願っております。
 
それが、平和な世界を作る礎になると思います。
 
 

「身をけずり 人に尽くさんすりこぎの その味知れる 人ぞ尊し. 」

 
私が若い頃から好きな道元の言葉です。私は仏教徒ではありませんが、サービス業従事者にとっても、生き方を示した良い言葉だと思っています。
 
武漢市で今尚、店を開けている方々を思い、道元の言葉が心に熱く湧き上がりました。
 
 
武漢市の皆様の御無事と一日も早い快復を心より祈願致します。
 
武汉市各位 挺住! 我衷心祈祷您早日康复。