今改めて想う「魂・美学を失った商人」という言葉の重み
村田昭治先生の十回目の御命日で想う
月日が経つのは誠に早いもので、
村田昭治先生の十回目の御命日になりました。村田昭治先生についてはこちらへどうぞ。
私は、恩ある御方の墓参は十回目の命日までと決めて、毎年伺います。
なぜ十回なのかと訊かれます。これには、理由があります。
最近は様々な御事情で回忌をできないお身内や、あるいは行わないお家も増えています。
赤の他人の私が杓子定規に回忌にあわせ伺えば、誠に出すぎたことになると存じるからです。
十回目の御命日となり、今年の墓参が最後となりました。
無論、何か報告があれば、これからもお参りに伺うと思います。
16日、最後と決めて伺ったところ、
村田昭治先生の奥様と御子息に墓前でお目にかかることになりました。
私は、お身内より先に花を手向けては僭越の極みであると存じ、必ず午後遅くに伺うようにしています。
したがって、通常なら決してお目にかかるなどあり得ない時間に伺います。
だからこそ、この度の御縁には驚きました。
奥様から「喜んでいると想いますよ」と言われ、その御言葉が温かくも強く胸の奥にささりました。実に、感慨深い想いを致しました。
御子息からも御礼を言われました。
至誠天に通ずなのか。私の誠は先生に届いていたのかなと、なんとも言えない温かな気持ちになりました。そして同時に、相変わらず先生には頭が下がる。十回目の命日にさえ勇気をくれるのかと、しみじみと感じいりました。
村田昭治先生曰く、教師の勤めは、教え子に勇気を与えること。
村田昭治先生が、私の学生時分に仰っていた言葉です。今も鮮明に記憶している大切な言葉であります。
勇気とは、生きぬく力の源。
勇気とは、難題から逃げない力の源。
勇気とは、愛する者を守り抜く力の源。
勇気とは、失敗を恐れない力の源。
勇気とは、利他を全うできる力の源。
勇気とは、命を謳歌する力の源。
覚悟無き者に、勇気生まれず。
勇気なくしては、叡智も活きず。
いかに崇高な叡智を有しつも、勇気なくば無学に等しい。
これ正に人の厳しい性なり。
これらは、村田昭治先生が仰る意味を、私が意訳した一例です。
今、村田昭治先生がおられたなら先生は、世の中を見て何と仰るだろうかと思います。
日経流通新聞MJ2001年5月10日の創刊三十周年特集で、「商いの原点に戻れ―魂・美学を失った商人」と寄稿されました。
あれから24年が経つ今、サービス業は業種問わず深刻さが増しています。
村田昭治先生は、寄稿の最後を「商いは幸せを運ぶんだ。それが商いだということを忘れないでほしいね。」と締めくくっています。
恐らく今の国内サービス業は、大手企業ほど、この先生の言葉が、心に響かないのだろうと思うのです。違うでしょうか。
無論、言葉の意味は日本語として理解できる。しかし、本意が判らない、伝わらない。
なぜなら、人の幸せって何か。この問いも深く考える習慣が、恐らく社内にないからです。
長引くコロナ禍で、日本は良くも悪くも人間関係のスタイルが大きく変わってしまい。その影響が様々なところに出はじめています。
サービス業では、プロとしての実務は教えても、プライドを形成する教育がなく、また機械的な仕組みだけが構築される。結果、店舗オペレーションだけは合理的に上手く行きます。
しかし、創業理念や経営哲学等の無形資産は、店頭に出なくなった。
さらには、上司や先輩が誇りや志を本気で後進に語れない状況です。
今や新人教育も、事務的でプログラミングするが如くに、作業と各種ルールだけを教えています。
意気揚々と入社してきた新入社員にとって、これほど居づらい環境はありません。ゴールデンウィーク明けに辞めたくなるのも頷けます。
このまま放置すれば、これからは大資本であっても、経済の荒波に飲まれやすい状況になり、益々栄枯盛衰が激しくなるだろうと予測しています。
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さらに創業者が、なぜ創業理念を大事にしたのか。哲学編講義でこの理由を、是非知って頂ければ、次のことが分かります。
人間には運の良い人がいます。
また、常に人に恵まれ、困った時には助け船が現れる。結果、行き詰まることのない人生を歩める人がいます。
そして、この真逆の人達もいます。
問題は、なぜ運が悪くなるのか。人に恵まれない生き方とは、どういうものか。
大事な事は、この原因を知っているかなのです。
この違いは、そっくり法人にも当てはまります。
なぜ、創業者は創業理念にこだわるのか。
あなたは、この理由をご存じでしょうか。
これは、理念や志が高い創業者しか気づかないことです。
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一つだけ簡単にお話しましょう。
創業理念は、先の見えない時にこそ、転ばぬ先の杖の役割をしてくれます。このため、大きな失敗をしないで済むのです。
そして、さらに補足しましょう。
何も無く成功する人間は、この世にはいません。必ず無理難題という壁が目前に立ちはだかります。このとき、理念無き者、志低き者は、簡単に夢や希望を諦めます。理念無き者、志低き者の夢は、私欲を錯覚しているに過ぎません。私欲は、胆力を生まないのです。
ところが、理念高き者、志高き者は、壁を乗り越えようともがく胆力が授かる。これがいかに重要かを、創業者は経験的に知っている。だから創業理念が重要と掲げているのです。
例えば、松下幸之助翁であれば、いかに経済状況が厳しい時期であっても、人を解雇することなど決して考え無い。不採算事業部はなくしても、従業員は別の領域で活かそうと智恵を絞るでしょう。
なぜなら、人を活かすから会社も生き残れることを、身をもって知っているからです。
したがって、人を活かすことに本気になれない者は、松下幸之助翁から何一つ学んでいないと言えるのです。
私が、かつて最も心に沁みた講演がありました。
それは、2006年5月18日に行われた富士通フォーラム2006東京開催基調講演です。
当時、リストラという言葉が横行し、解雇することを躊躇しない会社が多くありました。そうした中、大手企業の幹部や管理職が集った講演会場で、その方は臆することなく堂々と仰った。
ヤオハンが早く立て直せたのは、従業員を解雇することを一切考え無かったからだと、熱のある言葉で言い切った。
これが人の上に立つ人間の器量かと、つくづく心に沁みました。
肉眼で見れる幸せを実感したこと、今も鮮明に覚えています。
この御方こそ、小嶋千鶴子刀自の実弟、岡田卓也という御仁です。ジャスコを創業した御一人です。
正直申し上げれば、岡田卓也という御仁を聖人であると申し上げるつもりはありません。私欲も名誉欲もあるでしょう。
その上で申せば、これから先にサービス業で起業する人がいれば、必ず深く生き方を学びなさいと語ります。
なぜなら、見本にすべきところを、この御仁以上に有している人はいないと、断定的に言えるからです。
そして、可能であれば奥様についても学びなさい。それが「人を知る」ということだと付け加えます。
自分一人だけ裕福になれば良いと思わなければ思わないほど、物事は大きく成功することを示した見本中の見本、それが岡田卓也という御仁だと存じています。詳しくは、こちら。
先日のことです。
1日何万人もの乗降者数をほこるターミナル駅内に有名なブランド店が出店していました。
しかし、数ヶ月で撤退しました。
良い物であることは間違いありません。しかし、売れない。人が入店すらしない。
通常ビジネスマンなら、人流の多い場所に出店し、良品を置きさえすれば、後は価格戦略で利益はでる。だから必ずや成功すると考えます。
しかし、商人的思考で言えば、良品を置くだけではダメ。
お客さまに良品だと理解し、記憶し続けて頂くことが先に必要になる。
そして、購入したくなる意味を作る。これらに、知恵を絞るのです。
購入する意味を作れれば、山奥にさえお客さまは来る。これが商人的思考です。
人流が多い場所に良品を置けば、接客せずとも利益がでたのは、既に過去の成功事例です。
これからは、良品を置くだけでは売れなくなります。そして、競争力も出ない。これは、外食業、宿泊業などにも言えることです。
先に話したジャスコの創業者、岡田卓也翁が現役時代、店長はじめ店頭の人達に「考えろ、考えろ」と口酸っぱく指導してきたと聞いています。
今もイオン各社各店舗の店員各位は、店長含め、どうすれば売れるか。日々考えておられるでしょう。
しかし、問題は考えることではありません。なぜ、考えないといけないのか。この理由です。恐らくこの理由を教える人がおられない。
今のままでは、今の店舗数を維持すること、近い将来困難になるでしょう。それは、労働者不足という単純な理由ではありません。もっと抜本的な原因で生じることです。
ITビジネスプランナーとして創業した私からみれば、全従業員に人工知能付きマニュアルやQ&Aシステムを持たせることは、画期的であります。
従業員の業務負担を減らすことに貢献するはずです。
しかし、これは必ず諸刃の剣になる。特に、岡田卓也翁が現役時代、「考えろ、考えろ」と口酸っぱく指導してきた意味を知らない者にとっては致命的な道具になるでしょう。
従業員が自力で判断しなくなる恐怖を知らないと、必ずや大事になります。
失敗の原因を全てAIの所為にできる逃げ道を与えることが、いかに恐ろしいか。
恐らく失敗してみないと、今私が言っても実感できないと思います。このため詳細は割愛します。
それでも、今や対岸の火事にはなりません。どのサービス業界にも当てはまる深刻な問題について簡単にお話しましょう。
AIの致命的な欠点は、未来の予測はできても断定はできません。あくまで、今日から先のものは、常に予測でしかない。したがって、確率の世界からは抜け出せないということです。
AIは過去の可視化されたデータを整理分析するコンピュータプログラムです。
したがって、前途は必ず人的判断が必要になる。AIとはそういう道具です。
これ故に、人的判断が必要な職業は残り、必要のないものは衰退します。
さらに言えば、従来のコンピュータと異なる点が非常に怖いのです。
それはインプットデータと、アウトプットデータの相関性が入力者でも把握できないところにあることです。
分かり易く言い換えれば、AIに質問した際、その問いに対し、どこから、どのような意図で回答しているのかが、進歩すればするほど、開発者でも判らなくなるということです。
長くなるので子細は割愛し結果的に言えば、近い将来、AIを管理監督する専用AI開発が必要になります。
しかし、恐らく常に後手に回る。これは、非常に怖いことだと観ています。
怖い道具だという認識を忘れずに使う必要がある道具。それがAIです。
そして、AI時代に必要な認識は、AIの回答を鵜呑みにしないという人間の気概です。
最先端のスーパーコンピュータで計算しても、天気予報が未だ100%当たらない時代です。
しかし、ベテラン漁師の天気予測は正確ですよね。こうしたことは、サービス業の現場でも言えることです。
無論、天気予報レベルであれば、50年以内に10日間程度なら100%予測可能になるでしょう。
しかし、人心を予測することは、そう簡単ではないはずです。そう思われませんか。
但し人流分析は、天気予報と同様に、かなり高い確率で分析できるようになります。
スマートフォンにGPSがあり、ポイ活の裏側を知らずに楽しんでいる人が増えているからです。
話が逸れましたので戻しましょう。
人工知能がサービス業界に入ることで、多くの方々は、物流や陳列、そしてレジが変わると思われているかも知れません。
ただ、私から観れば遙かに変わるものがあります。それは、組織の形態が大幅に変わる。中間管理職が必要となくなり、店長すらいなくてもオペレーションが可能になるでしょう。
問題は、新しい組織の形態になりつつある今、人事考課や採用、昇進、社内教育プログラムを全て見直す時期になっているということです。
ところが、サービス業ほどデジタルの領域に関しては、サプライヤー任せで、本質的な理解に至っていない。
恐らく、生き残れる会社と、そうで無い会社が益々ハッキリしてくるだろうと予測しています。
余談を言えば、早急にサービス業界で働く人の中から新しい価値観に気づく人が必要になります。
例えば、「人工知能(AI)は便利だから、人手不足に貢献する。だから当社も遅れずに使おう」と、安易に考えれば高リスクになる。こうしたことを知る人を増やす必要があるのです。
AIの怖さは、AIを誰が管理しているかによって変わるからです。
いかに大資本企業でも自前でAI開発すれば、人員もコストもいる。だからアウトソーシングしようと安易に考えがちになります。しかし、これが危険のはじまりです。
例えばAIを使う従業員が、企業内隠語や機密データ、未公開アイデアを、たった一度でもAIを使って分析や整理したりすると、どうなるか。
既に、プレゼン資料作成や、長文メールの要約を、何の制約もなく利用している会社員が増えています。
問題は、その入力情報が、どこに行って保存されているのか。これを把握できるのか。この問いに答えられる経営層が、あなたの会社にいるかということ。
これが問題になるのです。
安易に他社管理のAIを使い、自社売上情報だけでなく自社ノウハウを、たった一度でも流出させれば、姿無きライバルに首根っこをつかまれた状態で営むことになる。それが、他社製AIを利用するリスクです。
個人情報と違い、違法にならないものは収集することが自由にできる。
Open AIは、私から観ると公開された人工知能という意味のAIではなく、Open available Intelligence. 即ち、誰でも利用可能な情報です。
近い内に、非常に恐ろしいことになるだろうと感じています。
特に公務員が制約なく、また哲学なく利用を続ければ、恐ろしくて言葉にすらできません。
私の気のせいで終われば良いですが。考えすぎでしょうか。
例えば、本の大手小売業者が、R社というAIソフト開発会社に委託したとします。
ところが、R社はAIプログラムからプロトコル管理までで、サーバはAWSを使用している。
問題はAWSの親会社はどこか?、何をしている会社か?そこまで把握しなければならない時代だということです。
NDAを締結しているから安心などと思ってはいけません。NDAの条項のほとんどは、第三者への漏洩禁止です。内部利用の制約が記載されていますか。内部利用であれば、漏洩とはならない。無論、知的財産等の他利用禁止は記載されています。しかしながら、利用した証拠がなければ訴えたところで意味がない。
深く考えると怖いことなのです。【link:言葉の意味は、goo辞書©参照願】
ITビジネスプランナーとして、私から言えることがあります。
昨今ITではなく、DXという言葉が流行っています。
サービス業のようなアナログ系職業の人達にとって、デジタル化時代に適応するためには、必須心得があります。
デジタル機器に精通することでも、プログラムやプロトコルを学ぶことでもありません。これらは、確かに必要不可欠の点もあります。
しかし、サービス業従事者にとっては、あくまで二の次です。
高度デジタル化は、デジタル技術によって業務効率を上げること。
これを考えることだけではありません。これは、一般的な解釈にしか過ぎません。
デジタル化によって得られる最終結果を、先に想定する能力が必要なのです。
簡単に言えば、いかにデジタル化で「楽」をするか。
(怠惰になれという意味ではありません。【link:言葉の意味は、goo辞書©参照願】)
「楽」をすること。これを優先する発想を鍛えることが大事です。
具体的に換言すれば、作業負担を無くす効率化よりも、心理的負担を軽減するためにデジタル化技術を使うべきということです。
音声や写真内文字をテキスト化できれば、手書きの業務日報などいりません。
会議の議事録も同じです。
お客さまが探している品の写真があれば、JANコードを調べる時間も必要ない。
グループチャットでリアルタイムに情報共有できれば、上司のスケジュールに左右されず報連相ができ、直属の上司以外の上層部にも瞬時にエスカレーションができる。これだけでは済まず検討のために集まる無駄な会議も無くせます。また、退屈な朝礼時間の削減にもなります。
デジタル化技術を使用し、作業の効率化を考えるのではなく、労役の削減で考える。いかに楽して帰社するかということです。
例えば、商人道義塾のいくつかの講義でセルフレジのことを、私は良く語っていません。
それは、今あるセルフレジで誰が楽になっているのか?
あなたは、答えることができますか?
人手不足で、セルフレジは大いに貢献していると思うのは、素人だけです。
なぜなら万引きが増え、それを管理する作業が増える。あるいは、間違いで精算せず通過が生まれる。その結果、万引き防止のための機器や人員が必要になる。
さらに、機械のような雇用の仕方をされる従業員が増えた結果、遣り甲斐が消え、士気が下がる。そして店舗評判を上げる術が消える。これが、現実です。
そして、差別のない経営と高々と謳いながら、障がい者や老人には使いづらい。都心部のコンビニエンスストアに、ここ数年老人の姿が少なくなったことに、お気づきになりませんか?
セルフレジは、お客さまも無用な労役になり、売手のメリットも実は薄い。これではDX化とは言えません。
私が考えるセルフレジは、ETCと駅改札、そして空港の荷物検査のようなベルトコンベア等々、これらを足すことで体現されたもので、店員の立ち位置すら今とは変わるものです。
チェックは、ディープラーニングの仕組みを使用し、バーコードスキャンすらいらないもの。これらを各社の仕様でカスタマイズして生まれたものです。
何より重要な点は、万引きをするような人には、この店は嫌いだと思われる。
対極に居る善良なお客さまには、この店は親切だと強く記憶に残る仕掛けがあり、作荷台などもいりません。
誤ってマイバッグに落ちてしまった商品でも未精算にならずに済む。善良な人をけっして犯罪者にすることのない仕組みです。
それと同時に、ほとんどのお客さまは、レジ通過などが、そもそもいらなくなる仕組みを用意する時代です。とは申しても、誰にも伝わらないかもしれませんね。
要点を言えば、いかに最先端の機器を導入しても、お客さまが来店中、どのポイントで良い店だと記憶するのかが計算に入っていない機械は、商売上の武器には一切ならないということです。
かの有名なロボットが、子供相手にはなっても、商売上の役に立たず撤去されたことが、この証しです。
コロナ禍が過ぎ、世界中様々なところが既存の仕組みが変わり、人心も変わろうとしています。
それ故、迷った時には原点回帰が重要なノウハウになるのです。
今こそ、本意本質を改めて問う時代になりました。
今だからこそ、
村田昭治先生の提唱するマーケティング・フィロソフィーが改めて見直されるようになると予見しています。
良品を作り、売れさえすれば良い。これだけで本当に良いのか。
これだけではダメだと思うかは、経営者の品性の問題。企業の在り方の問題。
恐らく先生なら、そう仰るに違いないと存じます。
各業種の大手企業ほど、今一度自らの襟を正し、自社の存在意義を問い直してほしい。そして、社員各位の誇りの源泉を整えて頂きたいと存じます。
終身雇用は、今や過去の価値観かも知れません。
しかし現実は、社員が長く務めてくれればくれるほど、ノウハウや信用の蓄積もまたできる。
今一度、新入社員研修から、幹部研修まで、すべてのやり方や、プログラム内容を見直すべきです。
これらを深く学びたい。あるいは何かヒントはないかと想われたなら、推薦図書を付記しておきます。
村田 昭治 (著)『人を惹きつける経営』 単行本 – 2009/12/1
村田 昭治 (著)『人財の条件』 単行本 – 2014/6/1
必ずや「人財」教育の在り方、経営哲学再構築の羅針盤になる名著だと存じます。
村田昭治先生は、インテリジェンスの塊、教養も超一流です。
その先生が、MINDよりHEARTを重んじているという事実。
このことの重みを是非多くの人達に感じてほしいと願っております。
そうすれば、マーケティングの理論など一切知らなくても、義務教育しか受けて無くても商売は成功します。
そして、ローカリゼーションなどという言葉を知らなくても、世界中で商売ができる。是非、新しい起業家がサービス業界からも生まれるよう願っています。
かつて、四日市の小さな店を継いだ姉弟が日本一の志で、日本一の流通業の礎を作ったように、小よく大を制するということが、この先の未来でも必ず起きるでしょう。
これもまた歴史から学べる醍醐味であります。
私がコンサルタントになった駆け出しの時期は、会社は規模が大きくなることが何より大事だと考えていました。
大きくなれば、社員を守りやすくなる。売価だけでなく仕入れ価格も有利に決められる。だから、大組織にすべきだと私は考えていました。
確かに、大組織になれば様々な利点が生まれます。
しかし、組織が大きくなることと、社員の心理的幸福度が上がることは正比例はしない。この事実に気づいてしまった時から、組織が大きくなるだけではダメだと考えるようになりました。
かつて買い物も外食も、楽しいものでした。
働く人にとっては気分転換の場であり、癒やしの場でした。
しかし今や、真心のない機械ばかりが先んじて、買い物も外食も労役になってしまった。
これは効率的、合理的に組織運営することが尊いこと、必要なことだと盲目的に信奉する者が増えすぎた結果です。
1㎜の狂いもない世界一の内燃機関も、潤滑油がなければ、すぐに壊れます。
人の組織もまた同じ。
では、組織の潤滑油とは何か。なぜ、大事なのか。
組織の潤滑油は、手厚い福利厚生だと思ったら片手落ちになる。だから足をすくわれるのです。
こうした思いが、どれほどの方々に伝わるでしょうか。
今こそ、サービス業で働く誇りを正社員各位だけでなく、パートタイム職員各位にももってほしい。
ブザーが鳴らないと同僚を応援しない、お客さまのオーダーを取らない。
どこからどう見ても中高年に見える人に年齢確認ボタンを押させる。
「私たちはパブロフの犬じゃない」と、社内から怒る人が増えないといけないのです。
うちの社員は犬じゃないと堂々と言える経営者が増えないといけないのです。【link:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)参照』】
人間としての誇りは、職業人としての誇りの礎でもあるからです。
職業人としての誇りがない。これが不祥事の種になっているのです。
「小売業は雑魚やないか」と言われて発奮し、社会的地位を上げようと精進してきた者達がサービス業界にはおられた。こうした方々が築いてきたものが、今のままでは全て無になる。実に悲しい状況になったとみています。
一社でも一店でも多く、サービス業は人間主体の産業だと、この本意に気づいて頂ければ世の中は益々良くなると思う1日でした。
私には、コンサルタントとしての国家資格や学歴は、何一つありません。それでも、
村田昭治先生に、「良い」と背中を押され始めたこと。
そして、お亡くなりになる少し前、「山口は、良い仕事をしているな」と、おっしゃって頂いたことが我が誇りのはじまり。
私のコンサルタントとして誇りの源泉を思い出した良い1日でもありました。
村田昭治先生の御命日 謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
合掌
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