今月のことば一覧
2月から5月のことば
(5月改訂新版 掲載期間延長)
接客業で最も必要な能力は何かと訊かれれば、迷わず答えるものがある。
それは、「お客さまを許す能力」である。
許す能力がなければ、接客業は生涯不平不満が付き纏う地獄となる。
掛け替えのない人生を地獄にしてはならないと肝に銘じるからこそ、正しい接客教育が生まれる。
現在、多くの人達が実践している接客教育は、応対話術、商品説明術、笑顔やお辞儀などの立ち居振る舞いの訓練だけで終わってしまっているのです。
実はこれが、接客業の受難の始まりだと多くの人達が知りません。
接客を伴う仕事をしていれば、一ヶ月もしない間に、人間の相手ほど大変なことはないと容易に気づきます。
問題は、気づいたときに対応能力がないと、どうなるのか。この計算が接客指導の時に入っていないのです。だから接客を伴う仕事は、離職率が高いのです。
他にも深刻な業界があります。医療機関や介護施設です。
私は医療、介護の世界は、接客業だと思っていません。なぜなら、医療、介護業界を接客業やサービス業と安易に言ってしまうと、働く人達に酷すぎるからです。
しかし、対人応対術が必要なことは誰でも感じることでしょう。
看護師各位も看護のノウハウは持っています。ところが厄介なクランケに、いかにして対応するか。不条理なことを言い出す患者家族に、どのように対応するかのノウハウはない。だから医療業務以外のことで疲弊が増えるのです。
医師にいたっては、さらに深刻です。全ての医師は、医師免許を有するだけの高度医療の知識、それを理解し暗記できる頭脳を有しています。ところが、多くの患者やその家族は、自分達と同じ知能レベルではない。この現実を踏まえて、医師が必須になる応対術を学んでいないのです。この結果どうなると思いますか?。
例えば、訴訟リスクを避ける為に、言葉を濁す説明しかできなくなっています。これが、名医と評される機会を奪っているとみています。
名医と言われるためには、インフォームドコンセントの際、訴訟リスクを下げる物言いではありません。他に重要視すべき事があります。ポイントはいくつもありますが、ここでは重要な点を一つ申し上げます。
医師がいかに正確に、且つ懇切丁寧に説明しようが、クランケとその家族の脳は翌日に約74%説明内容を忘れてしまう。医師は、この忘却率を計算に入れて説明する必要があると言うことです。換言すれば、安心して医師の説明を忘れて良い状態を最初から作るのです。言った言わないという水掛け論にならない仕組みを最初に作ってしまえば良いのです。他にも重要な点は有りますが長くなるため割愛します。
医師の最優先の仕事は、病の根治です。しかしながら、それだけでは名医とは呼ばれません。
先ずは患者とその家族の不安を取り除く術が必要になります。なぜなら、名医と呼ばれるための種が不安を取り除く術に含まれているからです。その上で、訴訟リスクを回避する説明よりも、「医師は、神ではない」と、患者とその家族に認識してもらう説明が大事になります。この誠実さがあって、はじめて名医と呼ばれます。医師は、神のように何でも根治できると誤認されるから、トラブルの根を生むのです。
今の若い医師各位は、応対術のノウハウを学ぶ機会が無い。その上で医師に対する社会的責任が益々増える。尚且つ、患者とその家族は、インターネットで簡単に正誤不明の情報が手に入り、にわか仕込みで来院してきます。昔のように医師に従順な人は、減る一方です。現在の医師は、かつてない大変な状況におかれていると感じています。
医療関係者の仕事上の心理負担を考慮しつつ無二の解決策を有している私を見て、生前 日野原重明先生は、山口さんは病院のコンサルティングをするべきだと仰ってくださいました。【link:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)参照』】
日野原重明先生の目前に2枚の女性の写真を置き、「右写真の女性が患者に接するのと、左写真の女性が患者に接するのでは根治までのスピードが変わると思っていますが、違うでしょうか?」と日野原先生に尋ねた際、先生は身を乗り出して驚かれた。病院で働いたことのない君が、何でそれに気づいているのと、とても驚かれたことを今も懐かしく覚えています。
ただ残念なことにMR各位のような営業は、私にはできません。そのため、私を知っている医師は殆どおられません。さらに残念なことは、医療関係者は研修時間が取れない。テキスト教材が代用できるとは分かっていますが、最も医師やメディカルプロバイダー各位に必要なノウハウである、アイモーション・トレーニングや雰囲気改善トレーニング、人疲れ病対策術、クレーム解決術(STAR Marketing戦略©)は、映像教材でも教えるのが難しい点がいくつもあるのです。このため、私のノウハウを分けるには至っていないのが現状です。残念ですが、仕方の無いことだと存じています。
話が少々逸れましたので、元に戻しましょう。
現在は、業種問わず大手企業ほど「お客さまを、いかに許すかの方法論」を教えることができない。教えることができる教育担当者が在籍していないからです。違うでしょうか。
これにより店頭で働く人達は、無用な受難が増えています。実に可愛そうな状況です。
医師や看護師、メディカルプロバイダー各位も例外ではなく、悲惨な状況です。
私からみれば、丸腰で戦場に放り出されているように見えています。
このため、ひとたび脅迫や乱暴な口調のクレームに出くわすと対応がまったくできない。ただただ謝って相手の気が済むまで対応しないければならない状況です。そして、正しい方法でお客さまを許すノウハウがないと、心の優しい担当者ほど心が病む。これは、当然だと思います。
さらに問題なのは、人事採用担当者が、接客業は「お客さまを許す能力」が必須だと知らずにいるため、包容力や受容力が乏しい人を採用してしまっているのです。この結果、年を追う毎に適切な教育ができる人が育たず、同時に店内の雰囲気も悪くなっているのです。
「お客さまを許す能力」は、残念ながら知っているだけでは身につかない能力であります。体得するためには、具体的に何が必要かを自覚しつつ、仕事を行う必要があります。
「お客さまを許す能力」を体得するために必要なものは、三つあります。
この三つのいずれかを使って、「お客さまを許す」のです。
一つは、複眼思考で接する。
お客さまを、一面的に見て判断するのではなく、想像力を使って表裏、左右と複数の方向から一人のお客さまを見る習慣をもつのです。
例えば、次の写真を見て、あなたの第一印象を考えてみてください。
そう思えば、必ず怒りの顔だけで無く、仏の顔がだんだんと見えてくるものです。
二つ目は、嫌われる覚悟を持つ。
人間の価値観は千差万別です。売り手が良かれと思ってしたことが、お客さまが気に入るとは限りません。
自分が、いかに誠心誠意対応しても、必ず自分を嫌う人間が、この世界にはいるという覚悟を最初から持って店頭に立つのです。
そうすれば、自分の誠意が相手に通じない時、必要以上に落胆することが無くなります。
これも自分の心を守りながら従事するという商売の心得なのです。
ここで、さらに大事なことがあります。それは、全ての人に好かれようと思うからこそ、余計に自分で自分を苦しめることになる。このことを自覚することです。
世俗には、不条理なことを言う人間、人の道に反したことを言う人間が必ずいます。そうした人間に気に入られようとする努力はいらない。そう思うことも、実戦の場では大事な認識です。
無論、注意が必要なのは、嫌われる覚悟は、嫌われて良い覚悟ではありません。けっして誤って学び、人に教えてはいけません。
嫌われる覚悟とは、言い換えれば自分の誠意が通じない人が、この世には必ずいる、この現実を覚悟するということです。
人に嫌われても私は気にしませんという覚悟ではありません。
人に好かれる努力を放棄してしまえば、商売は成り立ちません。決して誤解なさらないでください。
それでは、理解を深めるために実例をお話します。
お客さまから「土下座をしろ!」と怒鳴られても、土下座などする必要はありません。たとえ100%店側に非があっても、土下座をする必要はありません。土下座をしたところで解決などしないからです。
お客さまから「誠意を見せろ」と怒鳴られたら、「承知しました。最後まで私が、ご対応致します」と押し通して良いのです。
「社長を出せ!」と大声で言われても、前項同様に「私が誠心誠意ご対応致します。どうぞ、ご安心下さい」と言葉丁寧に言い張って良いのです。
善良な市民なら、いかに激高していても誠意が通じた時点で最後は情の働きで許してくれるようになります。
逆に、善良な市民でなければ、業を煮やして必ず金品を要求してきます。そうすれば、社長を出すより警察に通報した方が良いとなります。法治国家内で商売をしている以上、毅然とした対応をすれば良いだけのことです。
こうした事が堂々とできるのは、最初から嫌われる覚悟が出来上がっているからです。
お客さまは神様ではありません。
売り手買い手は同等の立場です。売り手が卑屈に成る必要はありません。
但し、お客さまは神様では無くても、売り手側の命を繋いでくれる存在です。だからこそ、最高の敬意と感謝を忘れてはなりません。この点だけ、誤認のないようにしなければいけません。
他方、最初から嫌われる覚悟が出来上がっている利点が、実戦の場ではいくつもあります。
例えば、一人のお客さまに拒否されたり嫌われても、他の皆様の総意ではないと思えることです。ここでは長くなるので詳しくは割愛しますが、これも大事な心得です。(詳しくは、哲学編講義で学べます。)
あなたは、疑問に思ったのではないですか?
嫌われる覚悟が、なぜ人を許す能力になるのか。
全く別の領域の話のように感じましたか?
無理もありません。嫌われる覚悟と許す能力は、理論の世界では一致しません。
しかしながら、実戦の場で経験的に得てきたノウハウを持った者なら分かる感覚があるのです。
人を許すために、必要な自分の心の状態というものがあることを経験的に知っているのです。
是非、この答えを哲学編講義で発見してみてください。
三つ目は、最重要です。これは私の独自のノウハウです。
正直に私の経験から話しましょう。二つ目でも話しましたが、この世には不条理なことや人の道を外れたことを言う人間がいます。私も腹の立つことは、しばしばありました。
二度と来るなと言いたくなる人がいるのも現実です。
人間は、理屈では理解していても、割り切れないことが必ず有ることは私自身、身に染みています。
だからこそ、人を許すということ。言葉で言うほど簡単ではありません。
あなたも、そう思われませんか?
だからこそ、私はこの三つ目の独自のノウハウを最重要視しています。
独自ノウハウとは呼吸法です。
心や頭の中で考えて相手を許すことができない場合が、人にはどうしてもあります。その時は、思い悩むよりも呼吸の仕方を変えることで、対人応対時の心身のダメージを消すのです。
心や頭の中で、嫌いな人間を許そうとせず、不快な感情を体の機能を利用して意図的に消す。この方法を知っているのと、そうで無いのでは天と地ほどの違いが生まれます。
また、別の呼吸の仕方で日々訓練すれば、恫喝系や、激高型のクレーム応対でも自分の心身を事前に守ることができるようになります。(詳しくは、こちらを受講してください。)
この自分の心身を守る訓練を、私は接客教育の中心においています。
なぜなら、態度の悪い人の対応だけでなく、善良な人の対応だけしていても人間は、相手が出すエネルギーに影響され疲弊するからです。これを「人疲れ病」と、私は呼んでいます。平素から人疲れ病に冒されないようにすることこそ、真の接客訓練なのです。(人疲れ病についてはこちらへ)
呼吸の仕方が分かってくると、瞬時に自分の体から出るエネルギーを変化させる事ができます。これができるようになると、激高型のクレームも受けにくくなるのです。
他の人が対応していたときは激高していても、自分がそのお客さまの目の前に立った瞬間、怒りが治まるという現象が生まれます。
この感覚が分かると、人間は誰にでも本能的理解があるため、良いノウハウは他で応用しようと考えます。そして帰宅後、我が子に呼吸の仕方を教えるのです。その後、我が子が、いじめられなくなったと喜ぶ声が私に戻ってきます。
いち企業内研修が、社員のプライベートでも良い結果をもたらす。これこそ、接客教育が至極の福利厚生になると、下段にある今月のことば(特別編 指導者・教育者向)で語っている意味に通じます。
人間は、自分より強いエネルギーを出す者に強くでるのが、実は至難の業になっているのです。仁王立になるという言葉がありますが、ただ仁王のように立っているだけではないのです。仁王のような雰囲気が体から出ている。この雰囲気をコントロールできれば、対人応対の概念が変わるのです。
自力で、自分から発する雰囲気を接客業用に瞬時に変えられるようになって、はじめて店頭にでる資格が生まれます。したがって現在は、店頭にでる資格を持たない人達が多すぎるのです。売上が低いと嘆く店の根本原因が、実はこれなのです。(詳しくは、こちらへ)
この感覚、誠に残念なことに大手のサービス業企業ほど理解ができない。それが、今の世だと感じます。
さぁ、あなたは、今 私が何を言っているか。分かりますか?
分からなくても無理はありません。
以前、TVで禅僧が一般人に禅の説明をしているのを拝見しましたが、呼吸の説明が誤っていました。恐らく呼吸をコントロールする本意を知らないのです。
腹式呼吸をして目を瞑り集中するだけでは、いかに無想状態になっても悟りは開けません。
脳波がα波になってスッキリした気分になった程度で終わります。
ここで話している呼吸法は、ある意味で道具です。何のために使う道具か意味が分かっていないと、本来の目的には到達できません。
専門的と思える人達も分からないのですから、あなたが分からなくても心配はいりません。
そのために、私がいるのです。
あなたは接客業に、なぜ人を許す能力が必要か。分かりましたか?
例外もありますが、多くの人は、おばあちゃんが好きでしょう?
おばあちゃん家、居心地が良いですよね。
この理由、考えたことがありますか?
慈悲深い人、慈愛に満ちている人が体から出す特有のエネルギーというものがあるのです。それを人間は、本能的に感じとれる。
子供は、理屈が先に行かない分、感覚が敏感なのです。おばあちゃんに抱きしめられると幼い子ほど喜ぶでしょう?
これを偶然だと思いますか?
勘のいい人は、既に気づいたと思います。
店員が発散しなければならないものが何か。これに気づいてしまえば、店作りの最重要点が分かってしまう。
そうすれば、集客のし易さに悩むことも、リピーターに困ることも無くなってしまうのです。
さらにお話しすると、慈悲深い人、慈愛に満ちている人が出すエネルギーの真逆のエネルギーは、怨み憎しみの感情を持つ人が出すエネルギーです。
この真逆のエネルギーを知っていることも商人には大事です。
例えば、万引き犯に何度も商品を盗られる。万引きが、いかに辛く苦しいことかは、売り手になった人しか分からない苦しみです。万引きが頻発すると全てのお客さまを疑うようになる。これが、私からすると商売上、非常に危険に見えます。
八百屋のように活気があり、善良な市民が多く入店している間であれば、陰陽のエネルギーが中和され、目立った悪い状況にはならないこともあります。
しかしながら、雑貨店や書店等々の場合、お客さまを疑う負のエネルギーを店内に蔓延させると、善良な市民のお客さまは本能的に居心地が悪くなるのです。これを、斥力の怖さと呼んでいます。
これこそが、最も商人が店作りで注意しなければならない現象なのです。
商材や、内装デザインの素晴らしい店が、数年で閉店倒産する意味、あなたも分かりましたか?
これを知ってしまえば、志の高い商人にとって鬼に金棒、違いますか?
但し、人間が発散するエネルギーは、厄介なことに脳内の認識を変えたぐらいでは、まったく変わらない。
禅僧が、なぜ呼吸法を間違えて教えていることに、私が気づくのか。
それは、「姿形動作が先人と全く同じでも、人間は心根の状態で結果が変わる生き物である」この真理を、この禅僧は未だ感得していない。そう感じたからです。
また、真我(潜在意識)の深い部分の状態で発散するエネルギーの質が決まっていることも、私は知っているからです。
発散するエネルギーの質を見ずに、姿形動作を先人と同じにしても、先人と同じ境地にはいけない。実技の世界とは、種に関係無く、全てに言えることです。
このため、姿形動作よりも、先に心根の状態を同じにする努力が先なのです。
だから、商人道義塾も哲学編講義から無料公開し、心底から商人道の道理を感じとらなければならない。この考えに基づいているのです。
お疑いになりますか?
それでは、実際にある例をお話します。
1000円カットでも閑古鳥が鳴く店の美容師と、カット料1万円でも予約がとれない美容師を比較し、何が違うか発見してください。
技術力の差より遙かに大きな差が心根の違いにあるのです。
閑古鳥が鳴く店の美容師は、終始カットの作業だけに心が留まり終わります。この間、一度もお客さまを美しくしよう、格好良くしようという気遣いはしません。カットさえすれば良いと思っているからです。
ところが、カット料1万円でも予約がとれない美容師は、いかにお客さまを美しく、格好良くするか。そればかりに、気を取られつつカットします。
たった、この違いが売上と店の寿命を決めているのです。
美味しい料理を作っても閉店倒産する料理人は、美味しい料理を作ることしか考えません。美味しい料理を作れさえすれば、店前が行列になると誤認しているのです。
ところが、繁盛店になる料理人は、お客さまを喜ばすこと、幸せにすることを優先して料理を作る。たったこの違いが商売の成否を決めるのです。
これにより私は、料理人をみる際、試食は、ほとんどしません。情の深さだけ主にみれば、将来の成否が分かるからです。心根の薄情は、いずれ火加減、塩加減の違いにでる。これも経験的に知っているのです。
私の場合は、試食など時間の無駄だと思っています。仮に私が美味しい料理だと思っても、お客さまが美味しいと思うかは別だからです。
しかしながら、私がこの料理人は情が深いと感じれば、多くの人達も同じに感じるのです。
腕の良い料理人ほど、自分の母親が作ってくれた料理には勝てないことを知っています。勝てない理由、この意味を知った料理人だけが厳しい外食業で3年以上生き残れるのです。一流の料理人で、粗野で乱暴な人は何人もいますが、薄情な人は見たことがありません。だからこそ、情の深さだけみれば、将来が簡単に予見できるのです。
今私は、きれい事を語っているわけでも、理想論を話しているわけでもありません。達人の姿形動作を真似、同じくしても、この程度では、実技の世界は話にならない。
この意味を理解しないと、実技の世界は何事も先に進まないからです。
その上で尚、真我の状態は、頭で考えたぐらいでは変化しません。では、どう変えるのか。
真我は、ほんの少し変えるだけでも、とても時間がかかる。その理由は、先祖代々の生き方による行動パターンと、自身の生き方の習慣の蓄積で真我の大部分は創り上げられているからです。加齢共に、生き方が容易に変えられないのも、習慣のほうが、認識より強く作用するからです。
日々の習慣を変えて、数年たってようやく真我の状態が変わると分かっています。
ただ、詳しくは割愛しますが、人生の中で一瞬で真我の状態が変わることも、あることはあります。
それは、自分では選択できない不慮の苦しみをうけた時です。
善くも悪くも、人生の軌道が変わることがあります。その時、真我の状態にも変化が生じるのです。
ただ、これは七転八倒の苦しみを伴うため、私が人に薦めることはできません。だから割愛しています。
先ずは真理を心で感じ、それを骨身で得ようとしなければ、いかにマーケティング理論やブランディング理論を学び、詳細なデータを集積して好立地に出店しても閉店倒産する人達と同じになる。それが厳しいかな現実だと自覚することです。
2月のことば
知識を蓄えただけでは、言葉に魂は宿らない。
頭が良いだけの言葉では、人の心に響かない。
※
「コミュニケーション、プロモーション、セールスは、「行為」そのものではなく、自分の思いが買手に通じてこそ意味がある」これが、商売では大事です。
ところが、閉店倒産するところは業種を問わず、この感覚が経営者や担当者に乏しいのです。
売り手が良品だと思っても、陳列しているだけでは、良品だとお客さまが気づかないことの方が多い。
良品だと気づいて頂くための手立てを磨くことが、商人には大事になるのです。
例えば、雑貨店にある品々は、生活必需品とは言えない物が多い。このことに気づかれませんか?
無くても生きられる物を、欲しいと思って頂く。このことを深く考えて実行することが、直接接客、間接接客共に要です。
業種を問わず閉店倒産する人達が知らない真実を、少しだけお話しましょう。
あなたや、あなたの会社が当てはまらないか、一緒に考えてみてください。
夫が、妻を大事と言うのは、夫の自由。
妻が、夫を大事と言うのは、妻の自由。
親が、子を大事と言うのは、親の自由。
社長が、社員を大事と言うのは、社長の自由。
上司が、部下を大事と言うのは、上司の自由。
店が、お客さまを大事と謳うのも店の自由。
思うことは、思う側の自由なのです。
ここで肝心な事は「思っているだけでは、駄目」だということです。
なぜなら、自分の気持ちが相手に伝わって、ものをいう世界に人は生まれてきたのです。
それが、人間の世界の厳しい仕組みであり、現実です。
この覚悟をもって生きていないから、夫婦円満、家庭円満になれず。
また、商売繁盛にもなれないのです。
閉店倒産する人達は、
「己の思いが人に伝わって、はじめて事を成す世界で 店を出すということ」の
厳しさを知らずに開店しているのです。
さぁ、今あなたは 何を感じていますか?
あなたの思いは、あなたの大事な人に伝わっていますか?
あなたの大事な人の思いを、あなたは ちゃんと受け取って生きていますか?
人生の幸不幸を分ける原因は、些細なことから始まるのです。
高学歴で、高度なマーケティング理論や、心理学の知識を有している経営者や経営幹部がおられても、商売が失敗する会社が、国内外問わず いくつもあります。
この原因は、商売は理と情のバランスが必須だということを知らないために、理屈構築だけで満足し、「情の働きを無視して経営戦略を立てる」からなのです。
情の働きの良さや、怖さを学ばないからこそ、お客さまの心にも入れない。且つ、末端従業員の士気も上げられない。
結局のところ商売は、非正規雇用者各位含む 全従業員の士気の高低で、勝敗が決まる世界なのです。
さらに重要なことは、お客さまの多くが、論理的な思考よりも感情的な思考に基づいて商品を買っていくのです。
人を深く学ぶ意識がない人は、この簡単な理屈にさえ気が付かない。
これが閉店倒産する人達の姿なのです。
あなたの周りにもおられませんか?
一流メーカを脱サラし起業し た人が、これは他に無い良い物だから必ず売れると言う人を?
「良い物だから、必ず売れる」と思っている人ほど、失敗しています。
良い物だから売れると単純に語れるほど、商売(セールス)は甘くない。
この現実を知らない人は、商売をけっしてしない方が良い。心から思います。
なぜなら、商売の失敗は想像以上に、惨めで残酷だからです。
1月のことば
良い未来は、夢や願望が作るのではなく、志が創る。
そして、その志に理念理想がなければ、ただの目標となる。
ただの目標で大勢を束ねる力は生まれない。
よって、世を変える力も生じない。
世を変える力をもたぬ者に、天運は授けず。
※
立派な創業者がいる企業でも数十年で滅するのは、目標管理だけしていれば堅実に発展すると錯覚する二代目、三代目の経営者が誕生するからです。
そして、社内規程や制度を整えさえすれば、統治が上手く行くと錯覚します。
確かに、水は方円の器に随うと言われ、人は場の空気や環境の影響を受けつつ動きます。
しかし、水に無く人にあるものがあります。これに気づかないから簡単に足をすくわれているのです。【link:言葉の意味は、goo辞書©参照願】
目標と志の違いが解らない経営者、管理職が多い昨今では、なぜ善良な市民として生きている社員達が不祥事を生むのか。この根本原因も、分からないでしょう。
ここ数年を振り返りますと、
名門大学に不祥事がありました。偏差値の高さに人間の品性は正比例しないことが簡単にわかったはずです。
知識を高めただけでは手に入らないものが人間にはあるのです。
名門企業で働くためには、善良な市民であることが採用条件にもかかわらず、その社員たちでも、矜恃が無ければ不正を生む。
人命にかかわらなければ、産地や性能を偽装しても問題無い。
本来、問題が有るかどうかは、法が決めるよりも先に矜恃が決める。それが、正常です。
仕事を教えるだけの人材教育では事足りないことがある。これが現実です。
痛ましい事故があっても、自らが法令違反していなければ、許されると錯覚する教育者がいる。
これら皆、組織運営の要諦に志を立てないことで生まれているのです。
あなたが経営者、管理職であるなら、この年の初めに鑑みてはいかがでしょうか。
今年は、辰年であります。
「雲は竜に従い 風は虎に従う」
あなたが物事の真理に気づけば、あなたの組織は、この言葉の意味を噛み締めることができるでしょう。
そうなれば、人に恵まれる会社は給与や待遇、福利厚生が良いからなどと、陳腐なことを言う社員は一人もいなくなる。これが、良い会社の証しです。
確かに、給与や待遇、福利厚生が良いことに間違いはありません。
しかし、これらは二の次であり、最優先すべきは別にあります。これに気づいた組織だけが生き残れる時代になります。
12月のことば
己の為だけに生きる者は疲弊するが、誰がために生きる者は疲れを知らず。
これが、人の世の現実である。
サービスの真の姿がみえたとき、人は生まれてきた喜びを知る。
※
言葉とは難しいもので、言葉にしてしまうと意味や文法に誤りがなくても、人の心を傷つけたり、無用な差別の源を作ったりもします。
あるいは、可視化できない真理を、あえて言葉にすることで本質をゆがめたり、本意を狭めてしまう。これにより本末転倒になっているということが、世俗には多くあります。
また、行間を読む能力が低い人がSNSを利用すると、無用な争いを招く。これに気づいてきた方々もおられるでしょう。
そこで、念の為に補足しますが、生来の病気や、現在病中の方は、人を喜ばしていないから虚弱で病に冒されているとは言えません。必ず物事には例外があるからです。例外を見抜く力がない者が、勝手解釈で始祖の言葉のみを鵜呑みにする。これが諸派・教派を生む源となるが世の習い。
以上を踏まえ、今月の言葉の意味を例えるならば、なぜ病弱な宗教家が少ないのかであり、この本意にあります。無論、神仏に加護されているから元気などではありません。神仏に帰依しているだけでは体質は変わりません。人を助けて我が身助かるを実践しているだけ。
人を助けて我が身助かるの本意を理解する。これこそが最も良い接客意識と態度に繋がるのです。
また、勇んで生きている者と、不平不満で生きる者では、心の状態だけではない違いがある。この本意を知れば生き方が変わり、人間関係も好転し続けます。
詳しくは哲学編講義をどうぞ御覧ください。
11月のことば
人間は、自分の存在を認め、必要としてくれる人の影響を最も受け易く、
尚且つ自分を高く評価する組織が、自分の生きる場所だと思い込む本能がある。そしてそこには、善良な組織か否かの判断が入らない。
※
宗教を法律の力で潰しても解決しないものがある。
テロリストを圧倒的な武力で鎮圧しても解決しないものがある。
生きる場が無いと思っている子供らを何度補導しても解決しないものがある。
優秀で賢明な人達は、そろそろ人間の性(さが =innate nature)を学び、事の発端を知るときが来ているのです。恒久平和を創るために。
10月のことば
人望は、非情からは生まれない。
甘やかしてもまた生まれず。
阿諛(あゆ)※2しては尚生まれず。
※
しばしば経営者や指導者は、情に流されるなと言われます。
但し、情に流されることと、非情になるとは意味が異なります。
頭が良いだけでは、大勢を束ねることはできない。この本意を学ぶ人が、いつの世も必要です。
※2 【link:言葉の意味は、goo辞書©参照願】
9月のことば
サー・リチャード・ブランソン(Sir Richard Branson)という御仁を私が敬愛する理由は、「顧客よりも先に社員を大事にしようと考える経営者の方が成功する」この事実を発見されたからです。
なぜ経営者にとって、社員第一、顧客第二、株主第三の順位が必須なのか。
営業成績が著しく良くても、人望がない者が管理職になると、なぜ組織の生産性は落ち、業績悪化が生じるのか。
なぜまったく同じ動作でも、人によって結果が異なるのか。
これらの本意と法則性を学ぶことを、人事管理と呼ぶのです。
予言しましょう。今後、コンピュータや人工知能は益々発達します。こうした中で、顧客、社員の行動や心理を、全て可視化できれば、効率があがり、経営が強くなると思う者が益々出てきます。
これらの方々が組織内に増えれば増えるほど、組織の先行きは脆弱になります。
なぜだか、あなたは分かりますか?
これが分かれば、人事戦略の要諦が分かります。
※
日本国内で、サー・リチャード・ブランソンのグループ企業が上手く行かない会社がある。どうしてかと、疑問に思った人も多いでしょう。
理由は、簡単です。
失敗する会社の経営者や従業員各位が、サー・リチャード・ブランソンという御仁の生き方と、志を学ばずに、ビジネスを始めるからです。これは、恐らく日本国内に限ったことではなく、世界中で言えることかも知れません。
但し、サー・リチャード・ブランソンの著作を読んだ程度では学んだ事にはなりません。サー・リチャード・ブランソンという御仁の素晴らしさや凄さは、文字にできないからです。これが、今回のヒントです。
補足
なぜ経営者にとって、社員第一、顧客第二、株主第三の順位が必須なのかと問われた際、本質的な理由を回答できることが重要なのです。
社員は宝、社員は家族と言っていた社長の会社が倒産する姿を何度か拝見しました。言葉や理屈で理解しているだけでは、実戦向きではない。典型的な例です。
ここでは簡単に結論を話します。詳しく学びたい人は哲学編講義で会得してください。
社員を仮に大事にせず、什器や仕組みといった経営の一部として捉えるとどうなるか。社員の士気が下がります。社員の士気が下がると、やる気が落ちて能動的に仕事をしようとしない。これがパート社員へ感化します。この程度は、誰でも知っています。
しかしながら真に怖いことは、この程度ではありません。遙かに恐ろしいことが生じるのです。
そこで、学びを深めるために、あなたの近所にある大型店等などで、見つけてみてください。
士気が下がると従業員は、いかに笑顔の訓練をしようが、立ち居振る舞いの訓練をしようが、人相が福相になりません。福相になれない人間は、必ず顔や体から陰のエネルギーを撒き散らすようになる。これが、集客低下を招く最大の原因になるのです。これを斥力のエネルギーと呼んでいます。
社員を大事にすれば、大事にされていると思っている社員ほど、自然とお客さまを大事にするようになる。これを、波紋の原理と呼んでいます。
人間も自然の一部、したがって、正しい作用には正しい反応が生じるのです。
但し、社員を大事にすると言っても、この言葉ほど難しい言葉はありません。例えば、福利厚生を充実する。給与アップを行う。これは、社員を大事にしている一部に過ぎません。
だからこそ、真剣に考え実施しないと意味がない。経営者だけが、勝手に大事にしていると思い込んでいるだけで終わる。これが厳しい現実です。
社員を大事にする意味は、二つあります。
一つは、社員の士気を上げるためです。士気の高低が勝敗を左右するのは、歴史を見ても簡単に学べるところです。士気の高い組織の方が、遂行力が高いのは、商売でも同じです。
二つ目の話は通常、大義の有る経営者本人にしか語りません。これは、帝王学のようなものですが、言葉にすると宗教的に聞こえます。このため、誤解が生じないよう、公にはしていません。
しかしながら、勿体ぶっているわけではありません。ここで語らないのも、あなたに対し無礼になるやも知れません。そこで、ここでは平たく申し上げましょう。
社員を大事にするということは、社員は会社の持ち者にあらず、世間様からの預かり者だと自覚することから始め、その上で社員の人格形成向上、生活安定に寄与することです。社員の生活が安定するということは、その家族も安定することになります。多くの人間達の人生の拠り所に会社がなっている。この状況の結果、巡り巡って社運が上がるのです。この社運の高さが、発展の源を作るだけでなく、不景気等々の難局を克服する際に物を言うようになります。
私人も法人も運の良さは偶然ではなく、必然。この本意が実感できると、社員を大事にする本意も自ずと感得できるのです。【link:言葉の意味は、goo辞書©参照願】
最後に、もう少々補足します。一見当たり前に見える法令遵守や、道徳的商売を社員にさせることも、実は社運を上げる秘訣になるのです。
不正や不道徳でも儲かれば良いと考える人も、意念(イネン)の働きは実践でき、確かに一時的な成功はします。
しかし、いずれ襲ってくる想念の働きの怖さを知らないのです。人間が隠し通せるほど甘くない。仮に代が変わっても形をかえ、必ず良くも悪くも芽が出る。
天網恢々疎にして漏らさず。
例えば、神仏のためと集金していても、本当にそうかは、見透かされている。この怖さを自覚できない人が増えたのが、現代かも知れません。
ちょっと話し過ぎました。この辺で、止めましょう。
以上
この話は、誠に残念ながら長く商売ができない会社の経営者には、不思議なほど理解ができないことの一つです。
あなたは、いかがでしょうか?
8月のことば
人間という生き物は、自分の存在理由を知らずに誕生し、入滅する。
だからこそ、無意識に生きる理由を欲しながら生きる。
自分の生きる理由を実感している間は、不安が消える。
自分の存在に喜びを感じている間は、死を選ばない。
あなたは、人に生きる理由を実感させていますか。
あなたは、人にこの世で存在する喜びを与えていますか。
あなたが、この世にいることで、他の人が生まれて良かったと思える。
これが本当の人助けであり、人を活かすと言うことなのです。
補足
人の心の中心にも、スイートスポット※があります。
相手(お客さま)の心のスイートスポットに自分の真心があたるように訓練する。これを本当の接客訓練と言います。
ところが、この意識がないために、教育方法論や所作、言葉遣いだけにこだわる。これが失敗の原因なのです。
これが分かると、言葉丁寧で、礼儀正しく接していても顧客に嫌われる店員がいる理由も分かります。
なぜ私が、あえてスイートスポットと呼んでいるのか。その理由は、正しい個所にあたれば、最も適した正しい反応がある。これと同様に、人の心にも同じ働きがあります。この現象を、私は経験則や当社精神分析の集積から知っているため、スイートスポットと呼ぶのです。
例えば、喜ぶ褒め言葉は、人によって違います。但し、なぜ褒めると人は喜ぶのか。この本意が分かれば、何を刺激すれば人は一様に喜ぶのかが分かります。共通する個所、それがスイートスポットです。
人の心にあるスイートスポットを言い換えれば、生来ある本能的情です。
愛情や人情などは、人為的な教育で育むものではなく、生来の能力です。
したがって、この心の核心部の情の位置さえ正しく掴めていれば、激高しているクレーム顧客であっても怒りを収めてもらいやすくなります。また、士気の低い社員であっても、どのように接すれば士気が上がるか、自ずと分かってきます。
商人道義塾は、これらを管理能力訓練及び接客訓練と呼んでいます。
このスキルが身につくと、私生活での人間関係も劇的に良好になると喜ばれています。
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