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全サービス業共通 商売哲学編

PHILOSOPHY 

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閉店倒産しないための四段階の意識レベル最上位項目 Part1

 
 
※ 理解を深めるために、8a~8cと前編、中編、後編の順番にご覧ください。
 
 
 

まえがき

 
 
三部構成の最終講義になります。
 
 
本講義は、四段階の意識レベルの中で、いざ実践しようとすると最も難易度が難しい領域です。
使命や大義と言葉で言ってしまえば簡単です。言葉の意味も辞書を見れば、すぐに分かります。
 
 


 
 

本講義 結論

 
 
結論から先にお話しすると、
 
使命のレベルで働くとは、「自分の働きで誰が喜ぶのか」、「誰が幸せに感じるのか」を自覚しながら働いているレベルとなります。
 
 
 
大義のレベルで働くことは、大きく二つの意味があります。
 
一つは、「自社自店の存在意義の自覚」を持ちながら働くレベルです。
即ち世の中の何の役に立ち、何のために存在するのかを自覚して商売を営むことです。
 
二つ目は、どのように商売を営むかという生き方を決め働くということです。
分かり易く例えると、儲け方を決めることです。儲かれば、何でも良い。儲かれば何をしても良い。法に触れなければ何をしても良い。これでは駄目だと、自分で商売上の生き方を決める。
適正な価格で、嘘偽りの無く誇大広告もせず、利益を上げ、一過性のブームで終わらず長く商売を営む。そのための自分流のルールを決める。
これが大義のレベルで働くということです。
 
 


 
 
 
言葉にすれば、使命のレベル、大義のレベルは以上で話は終わります。 
 
しかし本質を理解し、いざ実践しようとすると想像以上に難しいことです。
また言葉の意味も深く、全てを網羅しようとすると容易に説明ができません。
 
それでも尚、避けて通ることのできない重要なことであるため、講義にしました。
 
本講義は、いくつかの事例や、話題をお話しながら、あえて時に脱線することもあります。
これらを通じて、あなたに色々なことを感じて頂きたいと思います。そして、自らの商売を改めて見渡して頂く機会にして欲しいと願い、講義を致します。
 
 
 
 
 

 
 
 
 
使命のレベル、大義のレベルは避けて通れない理由があります。
 
それは、閉店倒産している会社の経営者には、大義と使命の感覚が曖昧、あるいは持っておられないからです。
これが、不思議なくらい共通しています。このことが弊社の調査で分かったのです。
 
そしてさらに、逆境に強い経営者と、逆境に弱い経営者の違いも、実は大義と使命の有無が関係していると分かったのです。
だからこそ、長く商売を営みたいなら、絶対に避けてはいけないことです。
 
 
本講義は、確かに難易度の高い講義であります。
しかしながら講義の内容は、難しい言葉は一部だけにして、それ以外は可能な限り簡単な言葉で語りたいと考えています。
 
簡単な言葉で語ると、生易しいことを言っているように見えます。そのため理想論や、きれい事だと馬鹿にしたり、軽視したりする人も世の中にはおられるでしょう。
私自身、そういう人達を何人も見聞きし、体験もしてきました。
 
営業に伺って、初対面の担当者に語ると、理想論だと聞き流す人も少なくありません。
 
ところが担当者の中には、熱心に私の話を聞いている人がおられるのです。
私の話を聞きながら実施は難しいと考えつつ、それでも確かに必要なことだと感じておられます。
そうした担当者の方々を長く観察していると、例外なく出世して行かれます。
 
念のために補足しますと、私の話が分かるから出世されるのではありません。
私の話に真理があると気づく。この感性が、大事なのです。
なぜなら、真理に従順になる心があるかが、全ての決断の際に物を言うからです。
 
人間は、決断の連続で生きています。
そして難しい決断であればあるほど、必ず迷いが生じる。なぜならば、決断が失敗すれば大きな犠牲が生じると感じているからです。
人は迷った時に、「何を基準に判断するか」が問われるのです。
 
自己中心的や、利己的に判断を下すか。
使命、大義を踏まえて判断を下すか。
 
これによって、人は次の居場所が変わっていくのです。
 
私は、使命のレベルと、大義のレベルを馬鹿にしたり軽視したりする人間で、一流になれた人、名経営者と言われる人を知りません。
したがって、この点が人の将来を予測する見極めの基準になる。そう言って過言ではありません。本講義は、私が人の何を観て判断しているのか、その眼識の一部をお分けする大事な講義です。
 
 
あなたに、最初に御注意頂きたいことがあります。
それは、「使命のレベルも、大義のレベルも言葉の意味を理解しただけでは、まったく役に立たない」ということです。この点を、先ず覚悟して頂きたいと思います。
 
その上で、あなた自身が実践の場で、使命と大義のレベルの心根をどのように発揮するか。
この点を絶えず、念頭におきながら本講義を受講してください。
 
何か些細なことでも、あなたの心から理屈抜きに湧き上がってきた感情が、あなたの人生を公私問わず支えてくれるようになります。
そしてもし今、経営が苦しく絶体絶命だとするなら、どうすれば切り抜けられるか。このヒントを生む大事な感情となります。
 
あなたの心に湧き上がってきた感情の中に、「人に恵まれ、尚且つ商売繁盛になる種」があります。
本講義で、あなたの心から理屈抜きに湧き上がってきた感情を、どうぞ大切に育ててください。
 
この言葉の本意を、是非本講義で実感して頂ければと願います。
それでは、講義を始めましょう。
 
 

  


―  講義開始 ―

使命のレベルについて

 


 
 
意識レベル最上位項目とは、マトリックス図の最上段にある大義のレベルです。
 
 
 

 
 
 
そして、大義のレベルを有するためには、大義の前に使命のレベルの心根が固まっていないと、生まれません。
 
少しだけ難しい言葉で言えば、使命のレベルが、本人の内界を主とする近視眼的な領域であるなら、大義のレベルは、本人の外界である世の中全体を見渡すような大局観的領域です。
 
 
それでは、理解を深めるために、今度は簡単な言葉に置き換えましょう。
 
使命のレベルとは、自分の行動で誰が喜ぶのか。誰が幸せになるのかが、はっきりと自覚できているレベルです。
 
使命のレベルで働く時の心理で重要な点があります。
それは、「この業務は、何のために行うのか」という理由の自覚では無いということです。
 
ほとんどの人は、業務を行う「理由」を重んじ、それを、失敗無く努めようと働いています。
確かに、悪いことではありません。
 
しかし、これが原因でサービス業の仕事に遣り甲斐を感じず、笑顔もなくなり、ただ給与のためだけに働く作業員を増やしているのです。
 
「この業務は何のために行うのかという理由」よりも、遥かに大事になるのが、自分の働きで「誰が喜び、誰が幸福を感じるのか」、この実感です。
 
何が違うかを補足します。
スーパーマーケットのレジ係を想像してください。
 
レジ係の担当者に、なぜバーコードのスキャンを急いで行うのですかと尋ねます。
「次のお客さまを待たせないために」と、ほとんどの人が答えるでしょう。
これは、業務を行う理由を語っているに過ぎません。
理由を知っているだけでは、レジ係担当者の遣り甲斐は生まれません。
 
その証しに、自分はお客さまのために行っているとは言っても、目の前のお客さまに目を合わせなかったり、釣り銭を乱雑に返したりする人がいるのです。
 
あなたも見たことがないですか?
合計金額や釣り銭は間違えない。しかし、心を「使わない」レジ係。こうした人達を見たことはありませんか。
 
したがって、正確に業務をこなし、操作のスピードを上げるだけでは、遣り甲斐は生じません。
 
では、どうすれば良いのか。
 
レジを通るお客さまに「ありがとう」と言われるように、レジ業務をしてくださいとレジ係の担当者にお願いするのです。
 
最初は戸惑う人が多いでしょう。ところが、一度でも「あなた親切ね」という言葉を貰えると、手応えが分かってきます。
 
親切にするレジ応対が、どのようなものか分かってくると、具体的なマニュアルや指導などしなくても、劇的に良くなるのです。
 
これは、人間の本能を使った指導法だからです。
 
サービス業にとって全ての業務は、お客さまのためにすることだと、皆が分かっています。
しかし、実際の店内で単に業務を処理するだけの人と、お客さまを喜ばせようと業務を行う人では違いがあります。ただし、一見すると些細な違いしかありません。
ところが、数ヶ月続けると、非常に大きな差になることが、誰にでも分かるでしょう。
 
しかし、このことを大企業のサービス業ほど教えられる指導者が激減している。そう感じています。
 
その証拠に、店員の士気を上げられない。
そのため、ハツラツとした雰囲気で店頭に立てない人が増えたのです。
 
従業員各位がハツラツとして働く元をつくるのは、他人から感謝されることです。
これが業種を問わず、サービス業従事者の活力源なのです。
 
「誰が喜び、誰が幸福を感じるのか」、この実感が有るか無いかが、働く従業員各位の士気の高低を決めます。
店舗の評判が高くなる源は、従業員各位の士気の高さなのです。
 
だからこそサービス業は、「この業務は何のためにするのか」と理由を知っていることよりも、自分の行いで誰が喜び、誰が幸福感を抱くのかという実感の方が、何より大事なのです。
 
そして、自分が人の役にたっているという実感が、職業人としてのプライドを作る肥やしになるのです。
 
この証拠に、一流のコンシェルジュと言われる人を見に行ってください。
 
お客さまからの難題に応じている最中でも、ため息一つしないで済んでいます。
一流のコンシェルジュには、強靱な肉体があるからできるのではありません。
心根が違うから体の動きも違ってくるのです。
 
そして、お客さまからの御依頼が、いかに難題でも安易に諦めないのは、コンシェルジュとしてのプライドがあるからです。
 
自分が「人のためになっているという実感」から生まれてきたプライドこそ、職業人としての真のプライドになります。
  
 

 

使命のレベルで働くための二つの必要条件

 
 
使命のレベルで働くためには、二つの必要条件があります。
 
一つは、自分は人のためになっているという実感から生まれたプライドです。
 
二つ目は、人から感謝されることで生まれた自信です。この自信がプライドを強固にしていきます。
 
そして繰り返し他者から感謝される中で、自信が生き甲斐に進化します。この進化が非常に重要なのです。生き甲斐がないから、自分を粗末にするようになるのです。
 

あなたの使命は何かと問われて、答えられない場合は、この二つを先に得ることからはじめれば良いです。
 
「プライド」と「生き甲斐」を感じていれば、仮に使命のレベルを自覚できなくても持っているのと同じになります。
 
 
 
 

真のプライドとは何か。

 
 
 
真のプライドがいかに重要か、あなたはご存じでしょうか?
 
人のために、自分はなると決意し実践する。その結果、自分は人のためになっているという実感を得られるようになります。
 
この実感から生まれたプライドが、いかに追い詰められても、不正や不祥事を生まない抑止力を生むのです。
 
この証拠に、ビジネスや商売の現場で犯罪や不祥事を起こす人は、個人的なプライドは有っても、職業人としてのプライドがない。だからこそ、理念や倫理よりも、欲望が先にたってしまうのです。
 
経済犯罪や不祥事を起こす人間を見た経験が有る人が、あなたの近くにおられたなら、加害者にプライドが有ったかを尋ねてみてください。そうすれば、私が言うことが正しいか、すぐに分かるはずです。
 
勿論のことあなたの周りで、経済犯罪や不祥事を起こした人が見つからない場合も当然あるでしょう。
そこで、職業人としてのプライドが、いかに大事か分かりやすい見本をお話しましょう。
 
それは、警察官各位です。
 
警官各位は重い装備品を体に巻き付けて仕事をしていても、疲れているような顔を見せません。泥酔者に絡まれても、怒らず冷静に対応しています。
自分達は、民間人とは違うというプライドを身にまとっているからできるのです。
 
確かに不祥事を起こす警察官は、現実にいます。しかし、不祥事を起こす警察官には警察官としてのプライドがない。これは、同業の方々が一番知っているのではないか。そう思います。
 
私にも学生時代の友が警視庁にいます。随分と前になりますが、彼は非番の日でも警察官だということを忘れていないと感じました。電車に乗っていても、動きがおかしいと感じる人がいれば、一瞬たりとも目を離さずに私と会話するのです。
 
その彼の姿を見ながら、24時間365日警察官として生きている仕事の大変さを学びつつ、プライドがないと到底できない仕事だと容易に分かりました。
 
あなたも身近なところで発見してみてください。
 
プライドが、不正や不祥事をしない抑止力になる。
そして真のプライドが、正しい方向へ自らを成長させるガイドとなる。
 
これらの大切さが分かれば、使命のレベルの尊さも身に染みて実感できるはずです。
 
 
 
 

人間は、自信と生き甲斐は持って生まれてこない。
しかし、虚栄と慢心の元は持って生まれてくる。
だから誰でも容易に足を掬われる。
これが、人間という生き物である。

 
 
 
 
「人間は、自信と生き甲斐は持って生まれてこない」と、私はセミナーで説明しています。
これに気づかない人は、「自信と過信の違い」、「誇りと虚栄の違い」が分からず、肝心な所で足を掬われるからです。
 
では、真のプライドを生むための「自信」とは、どこから生まれるのでしょうか。
 
自信と過信は何が違うのか。
 
自信満々で生きている人が、なぜ慢心せずに謙虚でいられるのか。この理由を知ることができれば、自信と過信を混同して生きることはありません。
 
 
 

自信とは何か

 
 
 
人間は、他者から感謝される時、自分は生まれてきて良かったと実感できる瞬間があります。この瞬間が、自信を生むのです。
 
人間の弱点は、「自分が、この世に生まれてきて良かった存在なのか」、自分自身では分からないことです。
 
なぜ、今ここに自分は人間として存在しているのか。なぜ生れてきたのか。この答えを、ほとんどの人が知らずに生きています。
 
このため、無意識な不安が絶えずあって生きねばなりません。この無意識な不安こそ人間の弱点なのです。
 
不確実な存在としての無意識な不安があるからこそ、利己的に繋がり、執着に繋がり、迷いに繋がり、将来への不安や恐れにもなるのです。
そして、この弱点につけ込まれると真偽の判断もせずに、口車に乗りやすくなってしまうのです。
 
したがって、人間は、自分の不確実な存在を、いかに確実な存在に変えるか。日々無意識に闘っているのです。
そして、この闘いに常に勝ち続けなければ生き抜くことができない。それが、人間です。
 
この証しに、自分には生きる意味があると実感している人は、自殺など考えません。
逆に、自分に生きる価値はないと絶望すれば、自ら人生を止めるのです。
 
自分は何のために生まれてきたのか。この答えを知ることは一生かかっても見つからないでしょう。だからこそ、その代わりに、自分はここに居て良い人間なのだという実感が必要なのです。
そして、これを本能的欲求として誰しもが強く求めているのです。
 
この本能的欲求が分かると、「他者から自分が必要とされている実感が、無意識な不安を打ち消してくれる何より大事なことである」と、気づきます。
 
だからこそ、他者から感謝されることは、本能的に最も嬉しいことなのです。
 
「自分が、なぜ生まれてきたのか」この答えを知らずとも、人は生きられます。
しかし、「自分が、生きている必要がある」、「自分は、ここの一員でいる意味がある」これらの実感が無ければ、人は生きられないのです。
 
この実感を、けっして他人から奪ってはなりません。
特に、親、教師、指導者は肝に銘じる必要があります。人を育てたいと思うなら、絶対に忘れないでください。
 

「他者から感謝されることは、本能的に最も嬉しいこと」この言葉が、気休めでもきれい事でも無い証しに、是非今日から次のことを試してください。
 
夫婦円満、家族円満、職場円満を望むなら、1日に二回以上「ありがとう」という言葉を声に出して言うのです。
 
箸をとってくれても、ありがとう。
洗濯してくれても、ありがとう。
お茶をいれてくれても、ありがとう。
手伝ってくれても、ありがとう。
玄関先まで見送ってくれても、ありがとう。
 
とても些細なことであったとしても、あえて「ありがとう」と言うのです。
これを、日々の習慣にしてしまう。これが、人間関係が円満になる特効薬です。
 
その上で、さらに一年に何度か、あえて「あなたが居てくれて良かった。ありがとう」と、声に出して相手に言うのです。これが、自分自身の幸福にも繋がります。
 
 
ここで注意があります。
 
「感謝しています」という言葉では駄目なのです。「ありがとう」だから、心にダイレクトに伝わる。接客業で働く人は、この感覚が大事です。
 
私は常々、「心は層になっている」と、話しています。そのため奥に入る言葉、とば口で留まる言葉というものがあるのです。
 
例えば、「申し訳ありません」と、お客さまに謝るより「ごめんなさい」と言う方が、心の奥に入ります。心の奥に入った言葉が、人の行動を変えるのです。
 
説得力とは、心のどの層まで届いているかで決まるのです。
 
是非、「ありがとう」を言う習慣を、今日から実行してみてください。既に、実行している方々は、皆様喜んでいます。
 
 
 
 

他者からの感謝の念が、不安定な存在の自分を、確実な存在へと誘う。

 
 
 
理解を深めるために、今度は逆の例をお話します。
 
 
「お前を生まなければ良かった」
「お前は生まれて来なければ良かった」
「お前など居ない方が良い」等々。
 

これらの言葉は、人間にとって最も絶望しやすい言葉なのです。
それ故、これらは、人を殺す言葉となります。凶器を使わずとも、言葉で人を殺すことは簡単にできるのです。
このことも、親、教師、指導者は、絶対に忘れないでください。たとえ、冗談でも言ってはならない言葉です。
 
 

 

生き甲斐が生れる源

 
 
人は、他者から何度も感謝される中で、自信が強固になっていきます。そして強固になるだけで終わらず、強固になった自信が、生き甲斐に進化して行くのです。
 
自信が進化した生き甲斐こそ、自分の人生の軌道を安定させるのです。
生き甲斐が「自分は、この世に生まれてきて良かった人間だ」という実感を強めるからです。
 
この心理状態こそ、自殺から最も遠いところに自分を置く事になるのです。これこそが、自分を大事にして生きると言うことです。(詳しくは、改めて哲学編の後半で語る予定です)
 
補足すると生き甲斐は、自信以外からも生まれます。それは、夢や希望、目標や志を実現しようと努力している間にも育まれます。
 
いずれから生まれた生き甲斐であっても、生き甲斐を抱きながら生きることには、非常に重要なことがあります。
 
これに、あなたは気づいておられますか。
それは、子供を育てる時です。
 
スポーツや、習い事、勉強に夢中になっている子供は、非行に走ることがありません。
なぜなら、生き甲斐があるため、精神状態が不安定にならないのです。
 
したがって、非行に走る子供をよく見てください。
生き甲斐がないことに気づかれませんか?
そのため精神状態が不安定であり、そして周りの大人から叱られることばかりで、自分の存在価値を見失っているのです。
 
人に迷惑をかける行為は、本能的に自意識を実感しようとする行為の裏返しなのです。
悪い注目でも、自分に向けられることは、本能的な喜びになってしまうのです。
 
非行から子供を救いたいと思うなら、悪いことはするなと厳しく叱るよりも、生き甲斐を見つけられるように補佐をする。この方が、本道に戻る近道になる。人間とは、そういう生き物なのです。
 
そして、「君は生まれてきて良かった人だ」と真っ正面から本気で言って上げる。このことを付け加えれば厳しく怒らずとも、非行から善行へ軌道が変わって行くきっかけになります。
 
子供自身が「自分は生れてきて良かった人間だ」、「生きていて良い人間だ」と実感できれば、自分を粗末にするような行動は本能的にしなくなるのです。誰しも自己保存の本能があるからです。
 
 
 

子供の居場所とは、家庭でも学校でもない。
自分の存在を心から認めてくれる人がいるところに、子供の居場所はある。

 
 
 
商売の話に戻しますと、この現象は、商人でも同じです。
商売においても生き甲斐は、職業人としてのプライドをも支え続ける力になります。この本意を、感じて頂ければと思います。
 
大義のレベルを有する経営幹部を育てたいならば、まず職業人のプライドをもつ社員を養成することが近道であり、正しい順序になります。
 
職業人のプライドが仕事の質を高め、プロフェッショナルになるための原動力になります。
その一方で、自社自店のメンバーとしてのプライドが、社是や企業理念を守りつつ働こうとする原動力となります。これが、不祥事の元を作らない秘訣なのです。

このプライド育成プロセスを、なぜ大企業の教育担当者の多くが理解できていないのか、大企業の不祥事を拝見するために感じることの一つです。
 
 
 
 

プライド育成が、組織の規模を問わず必要な理由

 
 
 
流通業のみならず、商社やメーカーでも日本は、戦後、奇跡と思われるほど様々な分野で類い希な経営者が出現しました。
 
松下幸之助翁、本田宗一郎翁、土光敏夫翁、井深大翁、盛田昭夫翁はじめ、2022年現在存命の創業者を含めると挙げきれないほど何人もおられます。
 
私が、しばしば偉大な経営者と表現することがあります。ただし、偉大な経営者を聖人や善人という意味では言っておりません。
人を粗末にせず、私利私欲より公益を優先することができる瞬間が一時でもある人を、偉大な経営者と呼んでいます。
 
世の中には、私利私欲より公益を優先することができる瞬間が、一時でもある人がいます。このような方々は、必ず何らかの行動哲学や人生観が明確にあるのです。
 
人格者が創る企業には、人格ならぬ、社格があるように見ています。
そのため、社是や経営理念も立派です。

人間にも品性や人徳があるように、会社という組織にも、それに似たものがあります。
これは感覚の世界のことで、言葉にはし難いですが存在します。
 
会社にもブランドイメージだけでは表すことのできない、組織からかもし出される風格があります。あなたも感じませんか?
 
この風格の元になるものの発見が大事なのです。
組織の風格は何から生まれるのか。
指導者が、これを分かれば社員教育も変わる。間違いありません。
 
 
そこで、改めて見過ごせない点を話しましょう。
それは、「いかに社是や企業理念を丸暗記したところで、社員各位が不祥事を起こさないとは限らない」ということです。
 
社是や企業理念が素晴らしければ、取引業者との癒着や、不公平取引をしないかと言えば、そうではない。
社是や企業理念が素晴らしい大企業からも不祥事がでることで分かると思います。
 
大企業に入社できる時点で、入社試験を勝ち抜いた俗に言う優秀な人であります。
 
 
優秀な人とは、そもそもどういう人達でしょうか?
それでは、優秀な人が生まれてくる過程を見ていきましょう。
 
命は利己的な塊のため、放置すれば野蛮のままです。秩序ある文化生活を送れるように、野蛮からの逸脱が必要です。このために小中学校の教育はあります。言い換えれば、義務教育は野生動物と、人間を分けるためにするのです。したがって、欲望のままで我慢ができない。あるいは行動が下品で躾がない。これでは野生動物と同じになり、教育を受けたことにはなりません。
 
そして、高校大学の高等教育で理性を育む。したがって、善と悪や真と偽を正しく判断できるようになる。その上で、道徳や義務の意識を、自分自身に与える能力をもつ。これらの能力を育むために高等教育はあります。
 
優秀な人というのは、これらの教育を受けて来られています。
それでも尚、優秀な人が、倫理観のない行動が、なぜできるのか。
この点を見過ごしているからこそ、様々な問題がでるのです。
 
 
 

危機管理の鉄則は、大難は小難の内に、小難は無難の内に対応することである。

 
 
 
余談になりますが、徳人と言われる人達の人生に大難が少ないのは、大難になる可能性がないわけではなく、些細なことで、すぐに自戒し軌道修正するためです。これが、徳人の生き方です。
 
あなたも、ご覧になった経験があるかも知れません。
私が、この方は徳人だと思う人を観察していると、非常に良い学びがあります。
 
とても些細なことでも、すぐに反省してしまう。
何かトラブルが生じると、自分に非が無いにも関わらず、自分にあるとして反省し、尚且つ相手を責めない。それどころか生きた教材にし、自らを戒める。このため謙虚であり、慢心にならずに済んでしまいます。

こうした積み重ねで、不運に巻き込まれず。また、他人の生命、健康、自由、財産、権利の所有権を抑圧したり剥奪したりすることもないので、人間としての不徳を積むことがありません。

これにより、徳人は、生身でありながら心の乱れを最小限にして生きられるのです。
この結果、約6年毎、12年周期で生じる人生の浮き沈みにも影響され難く生きられているのです。
(この周期の感覚は、私の感覚の世界ですから、腑に落ちない人は聞き流して頂いて構いません。)
 
この浮き沈みのない状況を、傍から見ると徳人ほど、平凡な人生に見える。そして、歴史にも名が残らないことの方が多い。
ところが、内実は崇高な生き方を続けている。これが、徳人と言われる人の生き方だと、私は幼少の頃より見ています。
 
徳人と言われる本人は、歴史に名を残さずとも、生き方のパターン、心の使い方のパターンは子孫のDNAに伝承されているとも見ています。これが、聖人は、「九族を親しむ」(言志四録【※】)の意味することの深みです。
この意味については、話が大きく脱線する恐れがありますので、詳しくは別の講義でお話しましょう。【※ 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)参照』】)
 
なぜ、あえて徳人などという言葉を使ったのか。
これにも、重要な意味があります。

徳人の生き方と同じようなことが、会社でも店舗でもあることが分かっているからです。
したがって、徳という言葉は説明し難くとも感覚として理解することが、長く商売を続けるためには必要なのです。
 
ハインリッヒの法則【※】のように、日々の些細なことで大難が生まれないよう悟ることは、個人だけでなく、法人でも必要な智恵になります。【link:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)参照』】
 
日々の些細な出来事から感じ取り、社是や企業理念から外れていないか、軌道修正する組織的な習慣がないと、すぐ様、無形資産である社是や企業理念は、消えて無くなって行きます。
 
その証拠に、不祥事を起こす社員がいる会社でも、会議室等には社是が飾ってあるのです。

「いかに立派な社是や企業理念も、飾っているだけでは役に立たない」と、常々私は率直に話しているのは、このためです。
 
現在、法に触れる犯罪ではなくても、些細なところで経営理念が、従業員各位に身になっていないと感じる場面を、よく目にします。
あなたも、見かけることが多いはずです。
 
例えば、サービス業のほとんどの企業は、お客さま第一を掲げています。
しかし、店頭ではお客さま第一になっているとは限らないことが増えています。
 
例えば、コロナ禍の中、罹患対策としてセミセルフのレジを大量導入しています。
しかし、お客さまにとって本当に役に立っているのか。なぜ深く考えないのかと思われませんか。

確かに、売り手は出納のやり取りはしなくて済みます。
ただし、お客さまは素手で触らなければ決済できません。
 
お客さま第一という発想から生まれたものか、実に疑わしい。
そう思われませんか?
 
店頭にいると、この店の創業者が今尚現役なら同じことをしただろうか?
いつも自問自答して拝見しています。
 
さらに実際にある分かりやすい例でお話しますと、「夜21時まで営業します」と、お客さまに謳っているなら、閉店の作業は21時以降にすべきです。
 
一般家庭で来客者がいる間に、部屋の掃除をはじめますか?
お客さま第一なら、閉店の作業は21時以降にすべきは当然になります。多くの人達が思うのではないでしょうか。
 
ところが多くの店舗は、パートタイム職員が多いことで止むを得ないと思うのか、閉店時間の15分前から片付けはじめます。
これで、お客さま第一と言えるのか。お客さま第一って、何が第一なのでしょうか。
 
こうしたことを言うと、15分でも就業時間が延びれば、レイバーコスト(人件費)が上がります。だから止むを得ないと言うビジネスマンが多いでしょう。
 
しかし、マーケティング講義で話しているように、無意識の記憶によって顧客離反は簡単に生まれます。離れた顧客を戻すコストが、どれほど高額か。この現実を分からないということの方が、商売センスだけでなく、ビジネスセンスも無いと言える。違うでしょうか?
 
売り手の都合と感じることの方が、令和になり多くなっていると感じています。
それで、なぜサービス業と言えるのだろうか。いかがでしょうか。
 
今の多くのサービス業は、非常に大事な事を忘れているのです。
 
親戚や知人が家にいる間、よほどのことが無い限り掃除することはありません。
なぜなら、失礼なことになるだけでなく、人を粗末にしている事だと、皆が分かっているからです。
 
ところが、客にはできる。
「なぜ、できるのか」、あなたは真剣に考えた事がありますか?
この答えは、簡単です。
 
お客さまが、自分の命を明日に繋いでくれているという現実を、忘れているのです。
 
経営者の収入だけでなく、全社員の給与も、パートタイム職員の時給も、誰の御陰で支給されているのか。これを忘れて、なぜ商売が上手く行くと考えてしまうのか。
この心根に、非常に深い問題があるのです。
あなたも、そう感じませんか?
 
あえて、シニカルに聞こえるような物の言い方をするのは、理由があります。
 
使命のレベルがない人が考えることには、ある大事なものが無い。
大事なものがないために、お客さま第一と謳いながら、行動はお客さま二の次になっても気づかないのです。
 
 
 

無自覚の行為から生まれる悪は、自戒のチャンスが生まれない。

 
 
人間は、自認の悪と、無自覚の悪を有する生き物です。
どちらが、悪かという話は、昔からしばしば出てきます。
どちらが、悪かと言うことは簡単には言えません。なぜなら結果的に悪なら、どちらも悪だからです。
しかし見過ごせないことは、無自覚は、自戒が永遠にできない悪ということです。
 
だからこそ、自分の悪を自認している者は、たとえ悪人だとしても、いつかは救われる対象者であると言えるのです。
 
簡単に言えば、わざと人をいじめている人間より、無意識に人をいじめる人間の方が、はるかに闇が深いということです。ただし、いじめられる側の人にとってみれば、どちらも同じです。
 
ソクラテス【※】の無知の知のように、自らを馬鹿と卑下したり、学が無いと謙遜したりすることは、実は賢い証しでもあるのです。【※ link:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)参照』】
 
その証拠に、自分を馬鹿と卑下する人に、「あなたが言うとおり、本当にあなたは馬鹿ですね」と、念を押してみて下さい。怒る人の方が多いはずです。自分で言うのと、人に言われるのとでは違う。これが、人間の性(さが)です。


では、働いている人には、何がないと駄目なのか。
 
それが、先ほどお話した職業人としての矜恃、即ちプライドです。
職業人としてのプライドが、たとえセルフサービスと謳っていても、どこまでお客さまにして頂くかを、決める基準を作るのです。
 
 
職業人のプライドがない人の例をお話しましょう。
 
2022年2月現在、「児童虐待の子供に、行政や児童保護施設が関与しても、死亡事故を防げなかった」というニュースがながれています。
 
行政や児童保護施設の担当者は、無能だから防げなかったわけではありません。寧ろ、現実は優秀な人の方が多いのです。
 
前の哲学編講義でも話しましたが、行政や児童保護施設の人達は虐待されて育っていないため、虐待される子供の辛さは分かっても、実感が難しいのです。そのため、自分事にならない。
 
人間にとって他人事を自分事にすることは、想像以上に難しいのです。
これは、誰にでも生じる現実です。
 
人は、他人の痛みを我が事のようにすること、思っているより遥かに難しいのです。
 
その上で、職業人のプライドがない人が、組織内にいると、どうなるか知っていますか。
 
虐待されている子供が可愛そうだと職員の一人が、踏み込んで解決しようとすると、そこまでする必要はない。そこまでしたら他の人の仕事が増えると、ブレーキをかける人間が出て来るのです。
 
そして、この心根を有した人達が場の空気を作ると、虐待児童との溝がなくならない状態になるのです。
 
したがって、能力がないから助けられないわけではありません。
別の力が生じている。これが、組織特有の心理現象なのです。
 
児童虐待だけでなく、警察組織でもストーカー行為を把握しながら、殺人が防げないというニュースもながれています。これも、警官各位の能力が低いわけではなく、別の力が生じているからと想像しています。
 
どこまで踏み込んで親身になり、事故防止するか。この基準を決める際も、職業人のプライドが影響すると感じています。
 
これらを踏まえ、今あなたは、どのように感じますか?
 
この後の講義で、二流の壁という講義があります。職業人のプライドが育まれていないと、二流の壁は超えられないという理由も、そちらで改めてお話しします。
 
そして何より、二流の壁の越え方を新人教育に含めないと恐ろしいことがあります。
組織の場合、管理職に職業人としてのプライドがないと、部下の心根にプライドがあっても、結果的にプライドがないのと同じになるのです。
 
あなたの周りでも、職業人のプライドがない人がおられませんか?
職業人のプライドがない人が、結局周りの人達の損害も生むことになります。
是非、この機会に感じてみてください。
 
 
お客さま第一と謳って効率化優先で売り手都合になっているのは、管理職、サービス業務の企画立案者各位に、真のプライドがないからです。
企業の発展を妨げる、非常に危険な現象だと、弊社のProsebu-DATからも感じています。
 
そこで、先ほどのセルフレジを例にします。
もし、本当に罹患対策でレジを改造する必要があるなら、レジその物を無くしてしまうという発想の方が、お客さまのためにも、店の運営者の負担軽減にもなるのです。
 
レジを無くすとは、公共の電車やバスのように入店前にICカードをタッチさせ、退店時にRFIDタグを読み取るゲートさえあれば、レジでのチェックアウト作業など必要ないのです。この結果、副産物として100%万引き被害も無くせます。
 
このようなことを話すと、小売業の求人が減るという人もおられるでしょう。他の業種へ流れていただく必要が切実にある時代では、大局的に見れば心配ないことです。
 
DX【※】を最近盛んに言われるようなIT系の業界では、人工知能関係、サイバーセキュリティ関係、各ビックデータの標準化関係等々、こうしたところは人材が増えなければ社会の安全も脅かされます。まだまだ人材は足りていないと思われます。【※link:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)参照』】
 
また、医療・介護関係、鉄道や道路のメンテナンス関係、建築土木関係、配送業関係等々、ロボットではまだまだ補えない業務は人員の確保が、今以上に必要です。
したがって、サービス業が人員削減をしたところで、働く場所が減るということはありません。無論、高度な知識を得る努力は必要ですが。
 
念のため補足します。サービス業の人員削減を推奨しているわけではありません。
 
例えば、コンビニエンスストアを想像してみてください。
 
コンビニエンスストアが、定価より安売りをするスーパーマーケットやディスカウントストアがある社会で、なぜ値引きせずに発展できたのか。
 
それはコンビニエンスの意味の如く、便利の追求が成功したからです。
お客さまは、値段が多少高くても、便利さを優先したのです。
この点から言えば、今のセルフレジが便利の追求という理念の延長にあるものと言えるでしょうか。
 
誰も疑問に思わないということは、職業人としてのプライドが希薄になった証しではないかと感じるのです。
 
便利の追求を安易に放棄して、コンビニエンスストアは生き残れるのか?
職業人としてのプライド育成が、自社自店の存在意義の明確化にも繋がる。この点を理解して頂くためにセルフレジの例を話しました。
 
あなたは、どのように感じますか?
 
 

話が逸れましたので、本題に戻します。
 
真のプライドがないから、売り手都合になると先ほど話しました。
 
ここで、実際にある怖い話を致しましょう。
 
職業人としてのプライドが、販売不振の苦しい時でも不正をせず。また誘惑が生じても、一線を越えないようにブレーキをかける役目をしている。このことを、既に私達は実際の現場で確認しています。
 
したがって、きれい事や理想論を語っている訳では無いことを理解して頂きたいのです。
 
弊社ENLIGHTSには、Prosebu-DATという精神分析テストがあります。このテストで、ディービアス型タイプの人を抽出できることがあります。
 
ディービアス型タイプとは、簡単に言えば、放置危険者ということです。
放置すれば、不祥事の源になる恐れがある。営業不振の原因になる恐れがある等々、経営危機につながると判定される人です。
 
人権や沽券に関わることになるため、ここでもディービアス型の人の事例を具体的には申しません。
 
ただし、差し支えない範囲で申しますと、ディービアス型と判定されるケースで、とても深刻な人がいます。それは、周りの人からは、問題を起こす人には見えないと言われるケースです。
 
実は、このタイプの人が多いのです。
そのため、Prosebu-DATの判定を信用せず、不祥事を起こしてから弊社の分析は正しかったと言われることも少なくありません。それだけ、現実は深刻だと言うことです。
 
人間には、表層の心である自我と、深層の心である真我があり、真我の領域の心理に関しては、周りの人だけではなく、当人自身も気づいていないということがあります。このため、平素はまったく表に出ていないということがあるのです。
だからこそ、怖いのです。
なぜなら、引責辞任という慣習がある日本で、ディービアス型の人を軽視すると大変なことになるからです。
 
そして一つ言えることは、ディービアス型の人達は、職業人としてのプライドがないことが多いのです。(無論、様々なタイプがいますので一例にしかすぎません)
 
だからこそ、ここで改めてあなたに考えて頂きたいことがあります。
 
自社の社是や経営理念を社員各位に暗記してもらうことは、当然ながら悪いことではありません。
しかし、それだけでは、真の社格は維持できないということです。
 
自社の社員としてのプライド、プロの職業人としてのプライド、こうしたプライドを絶えず有して貰うようになって、はじめて行動抑制も生まれるのです。
プライドの有無が、不祥事をおこすような心根になるか、ならないかを決めているだけなのです。
 
 
理解を深めるために、あえて厳しい現実をお話しましょう。
 
それは、いかに聖典や哲学書、自己啓発本で倫理や正道を頭で理解しても、プライドが弱い人間には、意味をなしません。
 
なぜなら人は、追い詰められた時にでた本性が行動抑制できなければ、誰でも法を犯します。そして、誰でも正道を外すのです。
したがって、頭で理解している程度ではまったく役に立ちません。これが人間という存在です。
 
では、真のプライドの無い人を、どこで見つけるのか。気になりませんか。
簡単に見つける方法を、一つお分けしましょう。
 
 
それは、次の台詞を言う人達です。
 
「時代が変わったから、止むを得ない」
「きれい事では、飯は食えない」
「キレイ事や誠だけでは、競争に勝てない」
「それ以上する必要は無い。他の人もやらなくてはいけなくなり、仕事が増える」
 
このような言葉を使う人達が、上層部に出てくると、いかに立派な人物が創業しようが、いかなる組織も創業理念から外れていきます。そして、気づいたときには既に手遅れになる。
 
真のプライドがない人は、一見すると雄弁に理を語るようで、内状は簡単に魂を売っているのです。
それが、日頃の言動に表れてきます。これを、見逃さないことも管理者には大事な心得になります。
 
真のプライドがない人は正しい成長軌道には乗りません。そのため、分かっているように語っても、本意は掴んでいないのです。このタイプの人間が後進を引率するようになってしまうと、企業であろうが、いかなる団体であろうが、始祖の教えから外れる原因を作るのです。
 
 
私がコンサルタントになって駆け出しの頃です。
 
ある企業の創業者に、私が記した「接客業向け:心のテキスト」という冊子を送りました。
このテキストは、村田昭治先生にもご覧頂いたもので、私をコンサルティング業務へと誘った冊子でもあります。
 
その後、その会社の役員から呼ばれ本社に伺いました。その際、役員から出た台詞が、先ほど上げたようなプライドのない台詞でした。
 
当時、まだ私は駆け出しでした。若造相手のため、軽口をおっしゃったのかも知れませんが、その役員曰く「客単価2千円から3千円の店で、君が言うほどの接客が必要とは思わない」とおっしゃいました。呼ばれて出向いて結果的に門前払いを受けました。何で私を呼んだのか。今も分かりません。
 
ただし役員がこれでは、社員研修などしても意味が無いと判断し、私は準備した資料をしまい提案を止めました。
 
残念なことに、この会社、何年か後に大きな不祥事がでました。
 
名誉のために企業名は申しませんが、今回の講義で繰り返し語ることの意味は、けっして生易しい精神論では無いこと、私自身が身に染みて知っているのです。
 
だからこそ、あなたに本気になって悩み、深く考えて頂きたいと願っています。
 
客単価が安い、取扱商材の値段が安い。だからと言って、なぜ働く人達まで安くするのか。
 
商材は安価でも、働く人達は安い価値ではない。これを決めるのは、働く人達自身のプライドです。
 
 
 
本講義は、様々な話を語っていますので理解を深めるために、すこし余談を申し上げましょう。
 
 
それでは、本当に怖い事例を出しましょう。
コロナ禍が長期化する中で感じたことがあります。
 
神社仏閣で感染予防のためと、神具や法具を片付けておられるのを、いくつも拝見しました。その上で、疫病退散や無病息災のお守りをお分けしているのです。
 
頭で神仏の教えを理解し、心では神仏は存在すると謳っていても、有事の途端に、「ここには神仏はいませんよ」と、運営者自らの行為で証明してしまっているのです。それも、無意識に。
 
門を潜れば、聖域のはずが、実は俗界のままだと、自らの行いで証明してしまっているのです。
科学者なら、疫病だから無理も無いことだと許してくれるでしょうが、本来信仰というものは、そうしたものではないはずです。
 
 
宗教家を軽視したり、馬鹿にしたりする気は毛頭ありません。
なぜなら、恩師 金子健二先生も敬虔なクリスチャンでした。
普段は服装にまったく頓着しない彫刻家の金子先生が、日曜の礼拝日には、カフスをつけ、しわ一つないワイシャツと背広をキチッと着ておられた。
その凜とした姿を拝見し子供ながらに、この御方の信仰は本物だと感じたこと、今も鮮明に覚えています。
 
 
したがって、宗教を軽視したり否定したりする考えはありません。無論、薦めることもしません。
 
ただただ心を静かに人間の性を、改めて切なく感じました。
 
人生の全てを懸け信仰していても、深く考えず、深く悩まず軽率な生き方をしていると、人は簡単に大事なものを見失うのです。
 
真理を、他者から学んでも、所詮は知識にしかなりません。
真理を感覚として体得するためには、個人的研鑽しかない。
 
知識だけで真理を得ようとするから、真理から遠ざかる。
せっかく求道していて疑義に気づかない心根に切なさを感じたのです。
 
なぜ、このような話を本講義でするのか、お分かりになりますか?
これは、特殊な例でも無ければ、他人事でもないからです。
 
無形資産を専門に扱う聖職者ですら、悪気無く正道を見失う。
悪気がないために、自分が正道から外れていることを自覚できずに生きることになる。
これが、人間の危うさであり、厄介なところです。
けっして軽視できない、怖い現実なのです。
 
だからこそ、世俗に生きる我々は、改めて強く意識しないと、企業理念など守れるわけがないのです。社是が会議室の飾りになっても不思議なことは、何一つありません。
 
 
 

自我で理解していても、真我が分かっていないと身は動かない。

 
 
 
「お客さま第一」と言いながら、悪気無く、二の次の行動をとれるのも、同じ心根の成せる業です。
だからこそ、人間ほど手綱を締め直すことが、定期的に必要なのです。これを甘く見てはいけないのです。
 
セルフレジを置く事も、閉店時間前に片付け始めることも、行為自体が悪いのではありません。
企業理念や伝統にマッチしているか、深く考えず、何も疑問に感じずにできてしまう。この心根にこそ、問題があるのです。
 
あなたには、この点に心を留めて欲しいのです。
 
 
 

無意識に行うことほど、怖いことはない。
無意識は自戒なく、軌道修正の機会がないからである。

 
 
 
また少し話が逸れますが、多くを感じて欲しい時間なので話を致します。
 
人間を深く学ぶことで分かることは、人は性善でも、性悪でもないということです。
良いと分かっても、できない弱さ。悪いと分かっていても、してしまう弱さ。これらを有しつつ、未熟なまま死に至る。これが、人間です。
 
人間とは、時として善人として、また悪人として、場面場面で変容しながら生きる、とても危うい存在です。(詳しくは、また改めて後の講義で語ります)
 
そしてけっして軽視できない事実は、この世には悪人として生まれて来た人間はいないということです。
 
法を犯す者、他人の所有権を侵害したり、抑圧したりする者を、一般に悪人と言います。
しかし、よく観察すれば生まれた最初から悪人だったわけではありません。悪人になるための道中が、人生にあったに過ぎないのです。
 
人を監察し続けていると、何の原因もなく、善い人が悪い人に変わるということは、不可能と言えるほど、非常に難しいことです。
 
企業内で不祥事をおこす人間も、不祥事を起こすために入社してくる確率は、極めて低い。怨みを抱えて入社してくれば、話は別でしょうが、こうしたケースは恐らく稀なはずです。
通常は、勇んで会社の為になろうと、入社してくるのです。
 
見過ごせないことは、不祥事をおこす前の段階があったということです。
 
社員教育担当者は、「不祥事をおこす前の段階」があることを知らなければなりません。そして、何も無い平時のときから、この点に気を配らなければ、企業理念を教えても意味がない。この自覚が必要です。
 
 
事例は変わりますが、過重労働が原因で自らの命を絶つ人がいます。ニュースでは、過重労働が原因と報道しますが、本当に厄介なことは別にあります。
 
たった一日の過労で命を絶つ人がいるとは思えません。何日も続いているはずです。
そして、楽しそうに働いている人が、いきなり命を絶つとは考えられないでしょう。
 
厄介なこととは、同僚や部下が命を絶つまでの間、気づく人が社内にいないという現実です。
あるいは、気づいていても動こうとする人がいないという状況です。
 
そして、これに該当する企業がサービス業であるなら、深刻です。
 
同僚や部下の心の状態を察することができず、お客さまの心を察することなどできない。そうではないでしょうか。この点に、教育担当者が気づかないと抜本的な再発防止策は作れません。
 
部下の心に気づかない人間は、各種ハラスメントの加害者になる可能性も高い。
同僚の心に気づかない人間が多くいる会社は、チーム力の低さを表しています。
 
ビジネスも商売も個人戦ではなく、多くの場合は団体戦です。共に働く人間を粗末にできるような風土では、発展的な状況の組織とは言えません。
 
チームワークの良し悪しが業績を左右することは、間違いないのです。
したがって、社員が命を絶つという行為は単に一人の問題ではなく、実は見過ごせないことが多いのです。
 
 
入社オリエンテーションで、社是や企業理念を教え、オペレーションを教えることは、けっして悪いことでも、間違ったことでもありません。ただし、それらより遥かに大事なことがあるということに、そろそろ本気で気づかなければなりません。
 
これを気づくための道具が、意識レベルのマトリックス図です。
 
各意識レベルの本意を、業種業態問わず学ぶことは、社員各位の物心両面の幸福のためだけでなく、企業発展に欠かせないことなのです。
 
働くことは、生活費を稼ぐだけではない。これに気づく道具が、意識レベルのマトリックス図です。
 
さらに、意識レベルのマトリックス図は、法人が進むべき道、あるべき姿を考える上での道具ともなります。
 
社会が発展し成熟し、合理的にも、効率的にも営めるようになったからこそ、原点を見つめ直す。
 
そして、今こそプライド育成プログラムが必要だと感じませんか?
あなたの会社は大丈夫でしょうか?
 
 

 

使命のレベルのまとめ

 
 
自分の行いが「誰を喜ばすのか」、「誰を幸せにするのか」、これらを実感して働くレベル。それが使命のレベルです。
 
使命のレベルで働くために、真のプライドが必要になります。
真のプライドには、「自分は人の役に立つ存在である」という実感が絶えず必要になります。
 
 


 

繁盛店になるための成長過程

 
 
■ 他者から感謝されることで、自分の存在価値に気づき、そこから生じた感情が自信になる。

 

 
■ 他者から繰り返し感謝されることで、自信が生き甲斐へと進化する。

 
 

■ 生き甲斐にみたされている状態が勇んだ心の状態を維持できる元を作る。

 
 

■ 勇んだ心の状態が店員各位と店内の陽の雰囲気を作り、集客の良い店、評判の良い店の元ができる。
 
 
 


 
ここで、注意が必要です。
他者から感謝されていない状況であるのに、既に自分にある自信は、自信ではなく過信です。
過信を自信だと錯覚しているから、独りよがりになり、足をすくわれるのです。
 
 
 
 
 
 

ここまでの講義のまとめ

 
 

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作業のレベルの働きとは、規則に従い、失敗無く動くレベルです。

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仕事のレベルの働きとは、お客さまのため、同僚のためと自分以外の人間に対し思いを寄せながら、心と体を動かすレベルです。したがって、自分の心と体を他者の為に使っていなければ、仕事のレベルで働いていることには、一切なりません。

仕事のレベルで働く人の方が、作業のレベルで働く人より売上額が大きい。これこそが、所作が同じでも心根で結果が変わるという証しです。

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使命のレベルの働きとは、自分の働きが、誰を喜ばし、誰を幸せにするかを自覚できており、尚且つ自分の役割に誇りをもって心と体を動かすレベルです。

 
 
この三つが分かった上で、「大義のレベル」の講義を受講してください。
 
 

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