TOP | 全業種共通哲学編 | 【商売の心得】売上を左右する四段階の意識レベル最重要点

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全サービス業共通 商売哲学編

PHILOSOPHY 

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【商売の心得】売上を左右する四段階の意識レベル最重要点

 
※ 理解を深めるために8a~8cと、前編、中編、後編の順番にご覧ください。
 
 

哲学編と言うと精神論ばかりと思われるかも知れませんが、実践編でも通じる内容が8a~8cの講義であります。
 
 

 

講義開始

 
 
 
それでは、さっそく中編の講義をはじめましょう。
 
意識レベルは、作業より仕事、仕事より使命、使命より大義と、上がるにつれ重要度は増すと前回の講義で話しました。
 
その上で、本講義でお話しする意識レベル最重要点とは、作業のレベルと、仕事のレベルの違いを正しく理解して営むことを言っています。
これは、商売繁盛の必須だからです。そして同時に、商売の基本でもあります。
 
なぜ、意識レベルの下の二つが最重要点なのか。それは、作業のレベルと、仕事のレベルを区別できない人には、使命のレベルも大義のレベルも生まれないからです。
ここを見過ごして、マーケティング論や経営論を学んでも、多くの場合上手く言っていません。
 
したがって、商人道義塾を開校した理由となる、ビジネスマン教育と異なるノウハウが今必要だと私が言う意味も、本講義でも分かると思います。
 
 
この最重要点から知らなければ、意識レベルを学んだ事にはなりません。
なぜなら、「作業のレベル」と「仕事のレベル」を自覚して店員各位が身を動かしているか否かで、自店の売上、集客、客単価、再来店、これら全てが決まるからです。
 
また、クレームの発生率も関わってきます。
クレームの多い店は、店員各位が作業のレベルでしか、業務を実践していないことが多いのです。
 
したがって、自店の店員各位を「作業のレベル」から「仕事のレベル」へと昇華させられるかで、売上のみならず、店舗の評判や、再来店率が決まる。ひとえに店の発展を決める要です。
 
だからこその最重要点なのです。
 
残念なことに、閉店倒産している会社や店で働く人達は、経営者から店頭の従業員を問わず、この事実を知りません。
 
立地が良い土地に自店がありながら売上が上がらないと嘆き、市場調査会社に依頼をかける本部員各位も、この最重要点の存在を知らないのです。
 
百貨店も店頭売上が伸び悩むなか、外商担当者には、売上好調の人がいる。それは、なぜなのか。
この理由にも、気づけない。なぜなら、経営層や教育担当者が、この最重要点に気づいていないからです。
 
そこで本講義の成果は、あなたが、自社自店で今働いている人の何を観れば良いのかに、気づくことです。
 
作業のレベルで動いている人か、仕事のレベルで動いている人か。これを観て識別できるようになってください。識別できるようになるための実例を、いくつか記していきますので、安心してください。
 
先ずは、あなたに理解を深めて頂ける様、実例から問題を出しましょう。
 
前回の講義では、小売業を例にしました。
品出しをする業務において、ただ何も考えずきれいに陳列する店員と、売れますようにと念じながら、あるいはお客さまに喜んで頂こうとの思いで陳列する店員では、所作が同じでも売上結果が違うという話はしました。
 
あらためて、作業のレベルと、仕事のレベルの違うポイントをお話します。
何も考えず陳列する行為が作業のレベル。
自分が行う行動で誰が喜ぶのか。この意味を知り、これを実感しながらする行為が仕事のレベルです。
そして仕事のレベルで業務を行う人の方が、作業のレベルで行う人よりも営業成績が良い。
これが、商売のノウハウなのです。
 
 
 
 
 
 
 
 
それでは、ここであなたに問題を出しましょう。
 
私は料理人の方へ、コンサルティングを行う前に、必ず尋ねる質問があります。
これを、あなたへの問題にしましょう。
 
料理人の方に私は、「あなたの仕事は、何ですか?」と、既に料理人だと分かっていて、あえて伺います。
もしかしたらあなたも、感じたかも知れませんが、この質問を料理人にすると多くの場合、ふざけた質問をするなと怒ります。
 
面白いことに、怒る人ほど売上が悪い。だから、あえて質問しているのです。
 
売上不振で悩む料理人の方に共通していることがあります。
それは、私が「あなたの仕事は、何ですか?」という質問をすると、「私の仕事は料理を作ることだ!」と、おっしゃるのです。
 
そこで、すかさず私は「だから、あなたにはお客さまが、つかないんですよ」と言うと、烈火のごとく怒る人がいます。
真っ赤な顔で立ち上がり怒る人もいました。
実際は、相手によってはもっと辛辣な言葉を投げかけることもあります。
 
前の講義でお話したように、私に関わる人は、決して地獄に落とさないという信念でやっていますので、相手が烈火のごとく怒ろうが気にしません。
 
しかし、最後まで私の話を聞かれると、怒っていた顔が消え、目頭を押さえる人もいました。
 
「料理人の仕事は、料理を作ることでは無い」この意味と理由を、あなたは分かりますか?
これが、問題です。
 
それでは、ここで少し考えてみてから次に進んでください。



 
料理人の仕事が何か。この答えを言う前に、先ず作業のレベルから話しましょう。
 
料理人にとって、いかに美味しい料理を作ろうが、素人に真似のできない盛り付けができようが、これらは、全て作業のレベルでの行為なのです。
 
残念なことに作業のレベルが、いかに高いレベルで実施していても、お客さまは感動しない。再来店も当然ない。
厳しい事を言えば、お金を払っているという自覚がお客さま側にあるので作業のレベルが、いかに高くても感謝はしない。これが、現実なのです。
 
美味しい料理を作るだけなら、家庭料理でも作れる人は星の数ほどおられます。
また、店を持たない料理研究家も美味しい料理は作れます。
 
お客さまが来ないと嘆く料理人ほど、お客さまから、お金を頂戴するということを、なめている。
だから、「料理人の仕事は料理を作ることだ」という軽口が言えるのです。
 
 
 

人様からお金を頂くということは、必ず商材に付加価値が無いといけない。

 
 
 
料理がいかに美味しくても、盛り付けが、いかに芸術的で素人に真似ができなくても、それらは全て作業のレベルが上がったに過ぎないのです。厳しい言い方ですが、これが、商売の現実なのです。
作業のレベルが、いかに上がっても、これだけでは商売繁盛にはならない。これは、覚悟をもって受けとめるべき事実です。
 
では料理人の仕事とは、何でしょうか。
 
料理人の仕事とは、自分が作った料理を通じてお客さまを幸せにすることです。
これが、料理人の仕事です。
したがって、入店前と退店時では、退店時の方がお客さまの幸福感が増えていなければなりません。
 
お客さまの幸福感が増えていなければ、料理人は仕事をしたことにならない。
この覚悟をもって働いている料理人だけが、「70%の店が3年で閉店するといわれる世界」で、生き残れる料理人なのです。

 

本質を踏まえた上で言えば、インスタントコーヒーの提供だけでも、来店客の幸福感を増すことができれば、料理人は仕事をしたことになるのです。
 
乱暴な言い方に聞こえるかも知れません。確かに、誇張して申していますが、しかしこれが、外食業の真意なのです。
 
この感覚が分からない料理人は、「美味しい料理だけでは再来店がない」という理由を、一生知らずに終わるのです。
 
 
 

 
 
 
 
今、あなたは何をお感じですか?
 
 
 
 
 
それでは、さらに理解を深めるために、違う実例に変えましょう。
 
 
 
美容師の仕事は、何でしょうか。
 
 
 

 
 
 
 
 
閉店倒産している美容院で働く美容師は、自分の仕事はカット・カラー・パーマを行うことだと思っています。だから閉店倒産になるのです。
カット・カラー・パーマは、作業のレベルです。
いかに技術力が高くても、それは作業のレベルが上がったに過ぎないのです。
 
美容師の仕事は、自分の技術を通してお客さまの要望を応えることです。さらには、お客さま自身が気づいていない、お客さまの美しさを引き出して差し上げることです。
 
あるいは、この美容師にしてもらって良かった。周りの人からも似合うと褒められるようになった。お客さまの幸福感が増すことを、自分の技術力で実現する。これが、美容師の仕事です。
 
この覚悟がある美容師だけが、東京の原宿、青山という激戦区でも生き延びていけるのです。
「私の言うことが嘘だと思うなら、見に行かれれば良いです」と、私の研修でも話しています。
 
美容師が、お客さまの髪にだけ心が留まっているようでは、話しにならないのです。お客さまの髪だけしか見ていないから、来客者の再来店がない。店の評判も上がらない。
 
ここに私が載せた、二つの写真から本意を気づかれましたか?
 
 
 

 
 
 
 
 
所作が同じでも、心根の違いで結果が変わると言った理由は、これらの事例からも分かると思います。
 
あなたも、お気づきになったかも知れませんが、商売の成否は、ほんの少しの違いだけなのです。
 
ところが、このほんの少しの違いが、数ヶ月、数年の間にとてつもない差になる。これが商売の現実です。
 
現在の小売業を見ても、店員各位に作業のレベルだけしかさせていない店が、ほとんどです。
これで、売上不振になるのは、私たちからすれば自然なことです。何も不思議なことはありません。
 
そして怖いことは、仕事のレベルまで至っていない作業のレベルで接客をすれば、どうなるか。
お客さまは、すぐ帰ってしまうのです。これもまた、当然のことです。
 
ところが面白いことに、自分が作業のレベルで接客しているという自覚が無い人ほど、「お客さまはお声がけすると嫌がるので、自分はしません」と、もっともらしいことをおっしゃるのです。
 
販売店で作業のレベルで接客している人は、誰にでもすぐ分かります。
入店して間もなく、「何を探しですか」と尋ねてきます。何を探しですかと尋ねてセールスできると誰が教えたのか、私には甚だ疑問ですが、あなたも経験ありませんか。
 
捜し物があるときは、店員からではなく、お客さまから尋ねる。この順番で、はじめて接客の間がとれるのです。
 
ある家電量販店で、この人は、セールス力が高いと思う女性店員の方がいました。
私が商品を見ていると、一切声をかけずに5、6メーター離れたところで、作業を始めました。
一般のお客さまには、気づかれない行為ですが、実はこれが接客なのです。
 
お客さまが困った瞬間に自分に声が掛かる。その場所にいれば良いと考える。
あるいは、お客さまが困った様子を見せた瞬間に、店員からお声がけする。
これらの間合いを見計らう距離にいれば、充分だと考えているのです。これが、販売センスなのです。

販売センスの無い人は、闇雲にお声がけしてお客さまに逃げられるのです。こうした感覚の違いも、作業のレベルだけで働いているか、仕事のレベルまで昇華して働いているかの違いで、身につく感覚なのです。
 
 
 
事例は変わりますが、茶道でも華道でも拝見していて同じことを感じることがあります。
 
作業のレベルの人は、シャカシャカと茶せんを動かしお茶をたてるだけ。花をキレイにと生けるだけ。そのため、結果的に受け手の心には、良い記憶が残らない。芸術作品はみな、この現象があります。
 
作業のレベルの人には、念をこめるという感覚がないからです。
だから、いかに美しくとも、美しいだけで終わる。これは美術であって、芸術ではない。そのため、人の人生に影響を及ぼすほどの力が生まれない。
この事実を、ゴッホシャガールのようにデッサン力があると思えないような感動作が教えてくれます。【link:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)参照』】
 
 
 
 
話題を戻しますと、会社の事務仕事でも同じです。
 
作業のレベルの人と、仕事のレベルの人では、ミスの発生確率も違うと分かっています。
 
コピーをとること、データー入力、一見簡単な業務でも、淡々と作業のレベルだけで働く人は、親切な仕事をしていると、周りの人達は感じないことが多いです。
 
ところが、仕事のレベルで事務仕事を行っている人は、他の人の煩わしさを減らすことが多くあります。それが結果的に効率化に寄与し、間接的なコスト削減にも繋がっています。
したがって、優れた人材とは、仕事のレベルで働いている人だと言えるのです。
 
自分の作業が何のために行うものかが分かっている。
たったこれだけの自覚があるだけで、結果が変わるのです。
しかし残念なことに、これだけ重要なことを社員教育に組み込んでいない会社が多いと感じています。
 
企業発展を望むなら、社員各位に作業ではなく、仕事をして頂かなければならないのです。
 
 
仕事のレベルとは何か。ここで先に、結論をお話します。
 
商売の場合、入店前より退店時の方がお客さまの幸福感が増している。この状態になっていなければ、仕事をしたことには一切ならない。これが、結論です。
 
お客さまの幸福感が増していなければ、いかに技術力があっても、手厚い接客をしていると自負していても、それは仕事では無く作業で終わっているということです。
 
 
その上で、講義を受けた甲斐を強く持って頂きたいために、私が経験した難しい事例を、あなたにもお分けします。
 
 

修理業の事例

 
最近は、洋服に限らず、靴や鞄も直してくれるリペア業が多くあります。
既に御理解頂いているかも知れませんが、修理業にとって預かり品を直すことは、いかに完璧に修繕しても、それは作業であって仕事ではありません。
 
修理業者の仕事は、預かり品にのっているお客さまの愛着を次につなげるのが仕事です。
したがって、ただ直せば良いでは駄目なのです。直すだけで良いと思っているから、技術力が高くても、閉店倒産しているのです。
 
では、お客さまの愛着を酌む意識を強く持っていないと、どうなると思いますか。

実際ある話です。
 
店頭にお越しになったお客さまの商品をみて、「修理するより新しく買った方が得ですよ」と、言っているのです。余計なお金を使わせないことが親切だと。確かに、そういうこともあるでしょう。
 
ただし注意が必要なのです。
高価な商品だから直す価値がある。安価の商品だから直す価値はないと、作業のレベルの人は物の価値や売価だけで判断するのです。これが、預かり品を粗末に扱う心根にもなっていくのです。
 
修理業に適性のない人は、物の価値を値段だけで判断するのです。
 
例えば、外国製の高級ブランドの品は直す価値はあっても、100円ショップで購入したネクタイは直す価値がないと言う具合です。
 
しかし、もし初孫が、大好きなお祖父ちゃんのためにと、一人で買い物してきた100円のネクタイだとしたら、このネクタイの価値はどうなりますか。
 
このお祖父さんにとっては、100円の価値だけでしょうか。これが分かることが、お客さまの思いを酌むという感覚です。
 
あなたも、是非リペア業の店に行ってみてください。
お客さまからの預かり品を粗悪に扱っている所は、技術力があっても繁盛はしていません。
 
修理業は、単に物を直すことではなく、お客さまの思いを我が事のように酌み、物に宿る愛着を次に続けることを生業とする。これが分かる人だけが繁盛店になります。
修理業とは、そういう商売なのです。仕事のレベルで修理業を行い繁盛している人達は、皆こうした考えで、自らの体を動かしているだけなのです。
 
ところが、作業のレベルで身を動かしている人には、何年経っても気づけない現実です。
 
 
靴磨き業をみると、さらに大事なことに気づきます。
 
靴磨きの仕事は、地べたに座り込み、あまり誇れるような仕事では無い。このようなイメージが昔はあったと聞いたことがあります。
しかし、ブリフトアッシュの長谷川裕也さんのような方がおられる御陰で靴磨きの仕事は、誇り高い仕事である。このことが、誰にでも簡単に分かる時代になりました。(詳細は公式サイト参照願)
 
こちらのお店には、作業のレベルで靴を磨く人には、得ることができない境地を感じます。
それは、仕事のレベルで靴を磨くことで、靴磨き職人自身に遣り甲斐が生まれます。そして遣り甲斐を有して日々働いていると、自然と使命のレベルに昇華していきます。今度は、使命のレベルで靴を磨くことで、ただ靴がきれいになるだけではないことが生じるのです。
 
使命のレベルで働く人に靴を磨いて貰うと、同じ靴でも軽やかに感じる。この高揚感がお客さまの人生に花を添えるのと同じことになるのです。
 
「これから行く営業が上手く行きそうだ」
「今夜のプロポーズが成功しそうだ」
「親の形見が甦ることで、良い思い出までもが走馬灯のように浮かぶ」
このような気持ちを、お客さまにさせられるということは、既にただの靴磨きではないのです。
 
昔から商売は、志が大事と言われるのも、意味があることです。
自分は何を基準にして働くか。それが自分自身の存在価値を、高めることも下げることにもなるからです。
 
 
 
清掃業も同様です。
 
作業のレベルだけで働く人は、惨めな思いをしやすくなる。下働きだと自らを卑下する人も実際にいます。
ところが、仕事のレベルで働く人は、堂々と勇んで働ける。そして自らの業務を通じて、人から感謝されることがあれば、簡単に使命のレベルに昇華でき、生き甲斐も強くなります。
 
飛行場や新幹線の清掃担当者や、家政婦代行業で人気のある方々を拝見すると、勇んで働くために何が必要かも気づくでしょう。これが、働く人を人事評価する上でも、大事なポイントになるのです。
 
自分の仕事を価値あるものにするか。単なる苦役にするかは、実は業務内容では無く、働く人自身の心根が決めているのです。
この点に気づくからこそ、正しい人材育成もできるのです。
 
 
 
 
 

医師の事例

 
 
 
 
 
それでは、ここからが本当に厳しい現実の話になります。
 
私が拝見し実際おられた医師のお話です。
 
その医師は、ある総合病院の整形外科医でした。総合病院であるため、内科や婦人科、小児科、眼科等もありました。
どちらの科も患者で溢れていました。ところが整形外科だけ、一人も患者がいないのです。
院長も事務長も、原因が分からないのでしょう。無理もありません。
 
医師は医療のプロであっても、マーケティングやビジネスの専門家ではありません。無論、頭脳明晰ですから、病院経営ができないわけではありませんが、しかし医療関係以外の事案が発生すると対応が難しいのだと思われます。
ましてや日々多忙中にあって、商売感覚など学ぶ時間があるはずもありません。
 
だからこそ、こちらの総合病院でも、整形外科の来院者減少を解決できず放置されていたと思います。
 
しかし、私がその医師の診察風景を拝見し、来院者がいないのは、ごく自然なことだと分かりました。
その医師の名誉の為に具体的には言いませんが、平たく言えば、患者に対する親身さが、まったく無いのです。そしてそれが、あからさまに態度や、目つきに現れてしまっていたのです。
 
こちらの医師に、「あなたの仕事は、何ですか」と尋ねると、どのような返答になると思いますか。

「医師の仕事は、疾病を見つけ、それを速やかに根治させること」と、おっしゃるのです。
この返答に、何一つ誤りはありません。まさに正論です。
ただし、私から見れば医療現場だけしか通用しない正論です。私の話に、怒る医療関係者の方々がおられるかも知れません。大事なことに気づいて頂くための事例ですので、ご容赦ください。
 
「根治させさえすれば、患者は喜び。再来院する」そう思う人も多いのです。
しかし世の中は、そう簡単ではない。だから、病院が倒産するのです。
 
厳しい現実とは、医療の知識がいかに高度であっても、手術の技術力がいかに高くても、それは作業のレベルが上がったに過ぎない。そう思って医師が仕事をしないと病院でも倒産するのです。
 
では、医師の仕事とは何でしょうか。
それは、患者とその家族から、先生がいて良かったと言われることです。
来院者から、感謝されなければ医師は、仕事をしたことにはならない。
名医といわれる先生方は、無意識に、このことが分かっているのです。
 
名医は、病だけを見ているのでは無く、患者が根治した後の人生も診ている。そう感じています。
これは、きれい事でも理想論でもありません。厳しい現実の話です。
 
 
私が、ドクターほど厳しい職業はないと感じるのは、名医と決めるのが医療の素人である一般人だからです。
 
無論、大学病院で臨床しない先生の中には、医療関係者だけに評価される方もおられるでしょう。しかしながら、臨床医は違う。非常に過酷な仕事だと私が感じる所以です。
 
そこで、これから話すことが見過ごせない問題です。
あなたにも、是非知って頂きたい重要な箇所です。
 
医師になるほど頭脳明晰で優秀な人が、なぜ作業のレベルで留まってしまうのかという原因です。
技術系の職業の場合、ややもすると簡単に落ちてしまう落とし穴があります。
 
それは、作業のレベルが、他業種と比べて難易度が高すぎるために生じる落とし穴なのです。
 
どういうことかと言えば、医師になるためには専門大学に何年も通い、外来実習をへて、トップレベルの難易度の国家資格に合格する必要があります。そして、生死に立ち会う責任ある仕事の為、医師になってからも日々、新しい症例を学び続けなければならない非常に過酷な現実があります。
 
作業のレベルで既に著しく難易度が高いため、この「作業のレベル」で自分はプロになったと実感できてしまうのです。これが、落とし穴です。仕事のレベルの心根に達していない時点で、プロになったと錯覚できる。営む上ではこれが、怖いのです。
 
ところが技術系の職業では、この落とし穴に落ちた人を、他人が救うことができません。
自ら気づき、自戒し、改善するしか方法がありません。
だからこそ、言葉で言うほど生易しいものではないのです。
 
その上で私が、こちらの医師に何かを言うとすれば、何と言うと思いますか。
 
一緒に診察室を出て、他の科の溢れかえる患者と、目の前の誰もいない待合室を見比べて頂きながら申し上げます。
「あなたは、この景色を見るために医師になったのですか」と。
「他の先生方は、こんなにも慕われているにもかかわらず、あなたは誰にも慕われない医師になっている。これを見るために、過酷な努力をしてきたのですか」と。
 
そして、最後に
「この閑散とした状況を続けて、医師を退職した後、あなたの人生に何が残るのですか」と、率直に申し上げることになります。
 
厳しい言葉、辛辣な言葉と感じる人もいるかも知れませんが、技術系の職業の場合は自ら気づかない限り、落とし穴から出られないのです。
 
先ほど例に挙げた料理人でも、技術系の職業の場合は同様です。
料理人も修行が厳しいです。そのため、苦労して高度な技術を学ぶ。だからこそ日本料理やフランス料理等でも、料理人になるだけで満足度が高いのです。何でも作れるようになっただけで、プロになったように錯覚できてしまう。
これが、落とし穴です。
 
この落とし穴は、私の講義を受けた人は、皆はじめて聞くとおっしゃいます。
しかしながら、非常に怖い現象だと学ぶ機会が、実践の場でないのも現実です。
そのため閉店倒産して、はじめて気づく人が多い。非常に切ないことです。
 
技術系の職業の場合は、自ら自分の仕事の意義、使命、大義を得ようとしない限り、一生手に入らないものがある。これが、技術系職業の厳しい現実なのです。
 
だからこそ、私は作業と仕事の区別がつかずに、プロを自称している人には、辛辣に聞こえても、はっきり言うのです。
「あなたの考え方では、上手く行かない」と。
 
 


アマチュアとプロフェッショナルの一番の違いは、何でしょうか?
それは、プロフェッショナルは、他人との関係性があって、はじめて成り立つということです。
アマチュアは独りよがりでも許されます。
しかし、プロフェッショナルは、他人の要望に応えて生業になる。これが、アマチュアとの違いです。
 
プロフェッショナルというとスポーツ選手が、頭に浮かぶ人が多いでしょう。
改めて想像してみてください。
 
自分のためだけに野球をする人。
自分のためだけにサッカーをする人。
これで、一流のプロ選手になっていますか?
 
クリスティアーノ・ロナウド氏という一流のサッカー選手がいます。彼は、プロのサッカー界では成功者の一人で、年俸も桁外れの高額所得者です。他の選手同様にタトゥーを入れるお金はある。しかし彼は、タトゥーを入れません。この理由を、あなたはご存じですか。【link:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)参照』】
 
プロのサッカー選手は、サッカーをすれば良いだけではない。それを知っている人間だけが、プロフェッショナルと呼ばれ、一流と言われる存在になるのです。
 
クリスティアーノ・ロナウド氏は、サッカーをプレーするだけではない、別の意義が自分にはある。これを知っている。だから、自分はタトゥーを入れないという判断が生まれるのです。
 
 
こうした感覚は、一般企業のサービス業でも同じです。
作業のレベルで業務をさせていては、何年経ってもプロフェッショナルにはなれないのです。
たとえ正規雇用されていても、サービス業には、アマチュアレベルの人が多くいます。
 
だからこそ、自分が行っている業務が、作業のレベルで体を動かしているか。仕事のレベルで体を動かしているか。
 
絶えず意識していないと、どの職業も本質を見落とし、大変な事になるのです。
 
 
 
それでは、すぐにできる実践的な話しを致しましょう。
 
お客さまからの評判が良いお店とは、仕事のレベルで体を動かす店員各位が多いということです。
したがって逆から見れば、閉店倒産している会社や店舗の人達を見ると一目瞭然です。
半数以上が作業のレベルで体を動かしています。これを知ればこそ、臨店した際に、作業のレベルの人が何割いるかを、何よりも先に調査すれば良いのです。
 
マニュアル通り店員各位が動いているかなど、二の次で良いのです。
大事なことは、所作の正確さより、心根の質にある。それが、人間主体の商売の世界です。
 
作業のレベルの人が、全店員の3割を超えると、クレーム数も増加します。
そして、非常に怖いことは有言のクレームより、無言のクレームの方が、世の中は圧倒的に多い。だから知らず知らずに、集客に困るようになり、閉店倒産に確実に向かうのです。
 
作業のレベル、仕事のレベルで働く人の割合さえ、把握してさえいれば顧客アンケートなどとらなくても済みます。
店員各位に仕事のレベルに昇華して貰うだけで評判は上がるからです。
 
「店の評判が上がらない」
「売上を上げることができない」
「再来店者が少ない」
この原因は、取り扱い商材とは限りません。
この事実を、サービス業の多くの経営層が軽視している。それが、今の時代です。
 
 
あなたの会社やお店は大丈夫ですか?
 
そこで、あなたに、さらに考えて頂きたいことがあるのです。
 
社員教育の場面で外してはならないポイントがあります。
最後に重要なことをお話しましょう。
 

作業のレベルが、いかに高くても、お客さまはそれだけでは感動しない。心が動かないと言いましたが、今度は働く人の側から、とても大事なことを見ていきます。
 
それは作業のレベルの人が、いかに技術力や経験値が高まっても、働く人にとって最も必要なものが、何年経っても高まらないのです。
実は、このことを知らない人が、かなりいらっしゃるのです。
 
 
あなたは、それに気づいておられますか?
 
 
これに気づいていない経営者を、私は人を粗末にして雇用している人だと、率直に言っています。
口では、社員の物心両面の幸福と言っていても、本質的な理解ができていない経営者がおられます。
だからこそ、あなたには、あらためて実感して欲しいのです。
 
社員教育や後進指導で最も外してはならないポイントを教育指導をして頂ければ、店内の雰囲気は、劇的に良くなります。
 
では、働く人にとって最も必要なものとは何でしょうか。
それは、生き甲斐です。
 
生き甲斐が、活力を生み。勇んだ状態に体を変えます。
商売は、陽気が大事と昔から言われます。店員各位が陽気なエネルギーを発散することで、集客率があがるのです。
 
陽気のエネルギーを体から発散するためには、勇んだ状態で動いていなければなりません。
勇んだ状態にする源こそ、己の仕事から得る生き甲斐です。
 
生き甲斐という感覚が生まれないと、次の段階で有る使命のレベルの心根と、大義のレベルの心根は、生まれてくることができません。だから侮れないのです。
 
したがって、作業のレベルで働くだけで良いと考え、雇用している社長や店長は、従業員の生き甲斐を生むチャンスを奪っているのと同じなのです。
 
口では社員が大事、社員に感謝していると言っても、人間の尊厳や存在意義を軽視して雇用することは、ロボットを利用しているのと何ら変わらないということです。
これが、今多くのGMS、百貨店で働く人達から、笑顔がなくなった最大の原因です。
 
確かに、パートタイム職員の多くが労働対価さえ得られれば、それで良いと思って従事しています。
だからそれで良いでは、経営哲学のレベルが、あまりにも低い。コーポレイトガバナンスが、年々低下していくのも当然であります。
 
せっかく素晴らしい職業に従事しているにもかかわらず、パートタイム職員だから生き甲斐など必要無いと思う心根が、人を粗末にする源を作るのです。それが結果的にお客さまに恵まれない店になっていくのです。
 
この話は、理想論ではなく、商売の道理であり、実践的なノウハウの話です。
 
Web講義では、誤解を招く恐れがあるため、割愛せねばならないことがあります。
それは、いやいや働く心根と、勇んで働く心根では、生産性が良いだけでなく、疲れ方が違うということが起きるのです。
 
人間は、いやいや動作すると些細なことも、すぐ疲れます。ところが、喜び勇んだ状態で動いていると疲れるどころか、清々しい感覚が残る。この理由も私たちは知っているのです。だからこそ心の状態が大事と言えるのです。
 
あなたも感じませんか、週3日スポーツジムで何十㎏のバーベルを何回もあげる。もし、これを労働としたなら、簡単に苦役になりませんか。
ところが実際は、好んで通い続ける人が多くいるのです。
 
 
 

人間は、受動的に動く時と、主体的に動く時では、無意識に体の使い方が違う生き物である。

 
 
復唱しますが人間は、他人から言われ受動的に動く時と、自らの意志で主体的に動く時では、無意識に体の使い方が違う生き物なのです。
だからこそ、動作は他からの強制では無く、自発できるように計らうことが重要です。
 
この感覚が分かって、はじめて実技指導が正しく行えるのです。
 
 
では、話題を戻し、どのような方法で店員各位に生き甲斐をもっていただくようにするのか。
簡単な方法があります。
 
それは、お客さまを大事にすることではありません。
「えっ?」と、驚く人達がセミナーでも多くいます。
 
「お客さまを大事にする」これが必要なことは、はじめてあるバイトに来る高校生でも、入店前から知っています。ところが、非常に厄介なことがあります。
 
人を大事にするという言葉、頭で理解できても、いざ実践しようとすると何からすれば良いか分からない人が、年齢性別問わず増えています。
 
顧客満足という言葉を使っても、店の評判が上がらないケースも同じです。
 
人を大事にする。この大事、あるいは大切という言葉。非常に厄介なことがあるのです。

厄介なこととは、誕生してから十六歳ぐらいの迄の間に無償の愛を、どのくらい浴びてきたかで、他人を大事(大切)にするという感覚に、相当な違いを生んでいるからなのです。
 
例える言葉を換えれば、先祖代々、自分の家族だけが幸せなら、それで充分だと思ってきた家系の人と、世の為人の為に身を動かす事が、何より好きと実践してきた家系の人では、商売を行う上で比較にならない程の差があります。入社当日から、既にスタートラインの位置も違うのです。
 
しかし、違いや原因が分かったところで差別を助長するわけにも行きません。
出自を問うことも、育ちを問うこともできません。
 
それでも、それらを問う心配はいらないことは、スタートラインで大きなハンディがあっても、数年の内に逆転はできます。
それもまた、人間の良いところではないでしょうか。
 
 
一つ非常に重要なことを捕捉します。
 
良い育ちの人間とは、必ずしも優しい両親に恵まれ、裕福で衣食住に困らず、高い教育を受け、何不自由なく育った人とは、安易に言えません。
 
親がおらず、貧困のため高等教育を受けられない状況で育つ。
あるいは、親が世間から良く思われていない状況の中で育つ。
こうした状況でも、当人が七難八苦を、悲観せず肯定的に乗り越え、苦労を通じて己の人格を高めていれば、これはこれで素晴らしい育ちだと言えるのです。
 
商人道義塾の実践マーケティングの講義で、我が恩師である村田昭治先生のところでも語っています。
 
宇宙から眺めるように人間界を俯瞰して見ると、不幸の方が幸せということもあると見える。これもまた、人生の深みであり、蓮の花で隠喩されることもある人生の醍醐味です。
 
偉人や天才と言われる人間には、片親の人、両親がいない人。あるいは、非常に貧しい家庭で育った人が多い。この事実が、ここで言うことの正しさを証明していると気づかれるはずです。
 
したがって、きれい事を言っているわけではありません。 
この事実を、必ず採用担当者は頭の片隅に持っておく。これが、適切な採用活動に繋がる。現場で、実感していることの一つです。
 
人間の本質を学んでいない採用担当者は、高学歴で、真面目で協調性が有り勤勉ということを、主にみて採用しています。
一見、間違っていないように見えますが、実は本質から外れているということも、商売にはあるのです。
 
だから、オペレーションは滞り無く正確に実行されているが、年々業績が落ちるという現象が生まれるのです。
 
サービス業の採用するポイントは、別の機会にお話します。
 
 
それでは話しを本題に戻します。
 
人を大事にする。大切にするという感覚には個人差があることを踏まえて、そこで指導する側の知恵が必要になります。
 
「お客さまを大事にする」のではなく、「お客さまに親切にする。ただの親切ではなく、徹底的に親切にする」と、言葉を換えるのです。
大事にしようとする行為より、親切にするという行為の方が、人は動きやすいのです。
 
お客さまに親切にしていると、お客さまから礼を言われることが増えます。
この他人から感謝される人間だという実感が、生き甲斐を生みやすくなるのです。
人間の本能を利用していることになります。
 
 
顧客満足も同様です。
相手を満足させようなどと思うから、かえってハードルが上がるのです。
 
父母が、子供にするプレゼント。あるいは、恋人にはじめて贈るプレゼント。それを買う際、満足する物を買うと決める。どうなりますか。迷いませんか。悩みませんか。
 
肉親であっても、親密な関係であっても、相手を満足させるということは、かなり難しいことになります。

そこで、「喜ばすためのプレゼントを買う」とだけ考える。そうすると買いやすくなりませんか。
 
これは、お客さまも同じなのです。
お客さまを満足させようと思えば思うほど難易度が、かってに上がります。
 
だからこそ、「お客さまを喜ばさずには、帰すまい」に切り替えてしまうのです。
これだけで、接客の間合いも、店の雰囲気も一変します。
店舗の評判の心配も、数ヶ月の内に消えます。疑われる人がいれば、是非、実験してみて下さい。
 
 
 
作業のレベルと仕事のレベルを分けて、働くということは、働く従業員各位の人生にとっても、経営層にとっても、非常に重要なことであり、決して避けて通ってはならないことです。
 

 
理解を深めて頂きたいために、職業別に一例を話して講義を終わります。
 
 

生命保険外交員の場合

 
保険商材を懇切丁寧に説明し、何口も販売できていても、これは作業のレベルです。
 
保険外交員の仕事は、お客さまに「安心」を売ることです。
だからこそ、売った後の方が、売る前より遥かに大事。これが分かって、はじめて仕事のレベルになるのです。
 
トップセールスマンを見ていると、気づきませんか。保険商材の説明よりも先に、保険を売る自分が安心な人間だとお客さまに伝えようとします。
 
なぜならセールスの世界では、昔から「物を売る前に、自分をウレ」と、言われるからです。
しかし、仕事のレベルが分かっていないセールスマンは、みな自分の何を売ればいいかが分からない。そのため、2年もいられずに会社を辞める人が後を絶たないのです。
 
若いうちは、自分に自信がある人の方が少ない。だから自分をウレと言われても、どうして良いか分からない。これは当然のことです。
 
そこで指導する側が、保険外交員の仕事は、安心を売ることだと先に教えれば良いのです。そうすれば、お客さまの質問にしどろもどろで答えれば、お客さまの不安を煽る。だから商材は、隈無く暗記することの大切さも適切に教える事ができるのです。
 
正しい目的から逆算して作業をさせることが、新人教育には重要です。
 
その上で、「自分をウル」という感覚は、自分は人を騙したりしない人間だという記憶を、お客さまに残すことだと教えれば良いのです。
そうすれば、「商品知識があるから、売れるのではない」という意味も同時に理解できます。
 
そして、販売に成功したお客さまから信用を得たなら、間を空けず必ず二人の知人をご紹介してもらう。これを習慣にするように教えるのです。
 
 

ここ数年の間、保険関係の不祥事が続いています。
 
保険業というのは、売り手側が決して損をしないビジネスモデルです。
しかし、保険会社が損をするようでは、被害者救済ができない。
辛辣に感じる人もいるかも知れませんが、保険は買って頂く人の方が、被保険者より上回って成り立つビジネスです。相互扶助を前提としたビジネスのため、良い悪いは一概に言えません。助かる人がいるのも事実だからです。
 
しかし一歩間違えば、本能的な恐怖心を利用し、人の弱みにつけ込む怪しげなビジネスに成り得ます。
だからこそ、日々志を高く営んでいないと直ぐ様、人の道を外す。改めて関係者の自覚が必要になっているように感じます。
 
 
 

販売業の場合

 
 
良品を仕入れ、適正価格で販売することは、作業のレベルです。
商材を売ることは、作業なのです。
 
メーカの人達を生かし、お客さまを生かす。その架け橋になるのが販売業です。
間に自分が入ることの意味を分かっていないと仕事にはなりません。
 
物自体を売るだけでは許されない。物の価値を売ってはじめて成り立つのが販売業です。そして、お客さまに物を手に入れるだけではなく、買い物する行為も同時に楽しんで頂く。
日々の生活苦を、一時でも忘れて頂く。こうした例を思う心根が、仕事のレベルなのです。
物販を通して、自分を活かす意味や理由を知って働けて、仕事のレベルで動いているとなります。
 
 
余談を申せば、多くのサービス業は、女性社員が増えました。
しかし、女性が大事とおっしゃる会社は多いにもかかわらず、その割には、なぜ女性客を本気で大事にしないのか。そう思う場面が多い。あなたも、感じませんか。
 
働く母親の大変さを少しでも分かろうとするなら、手間のかからない食材を多く置こうと思う前に、公私の切り替え時間をもって頂こうと、なぜ考えないのかと思います。
 
個人差はありますが、機械に弱いという女性が多いなかで、ショッピングカートに専用端末をつけ、便利な買い物だとコストをかけ演出すうよりも、機械警備で100パーセント安全に且つ無料で子供を預けるところがある方が、お母さんにとってどれほど楽か。そう思いませんか。
子供連れて買い物すると、ねだられ、泣かれる。買ってあげたいけれど、生活費もある。この毎回生じる買い物時の負担を、なぜ軽減してあげたいと考えないのか不思議です。
 
さらに言えば、妻娘の買い物につき合うことを面倒だと思うお父さんは多い。買い物時間がかかるからです。そのお父さんを預かる場所を作ってしまう。この方が、少子高齢化社会では、現実的だと思われませんか。
 
直接的に対象者を大事にすることだけが、大事にすることとは限らない。
こうした観点も、仕事のレベルで働いている人しか発想できないことの一つです。
 
 
 

生花業の場合

 
 
生花を売る行為は、作業のレベルです。
生花業の仕事のレベルは、生花を飾ることで生じる人生の彩りを提供することです。
 
生きるためだけなら、生花など屋内や庭になくても困りません。
しかし、生花があることで人の心に潤いが生まれる。この尊さと良さをお客さまに気づいて頂くことが、生花業の仕事のレベルです。
 
だからこそ、ただ仕入れた花を色別に並べているだけでは、繁盛店にならないのです。
生花を飾る人生の良さに気づくための演出は、店員の心から生まれるのです。
 
 
 

ペット事業の場合

 
 
ペット事業は、正義のクレームが多い職種の一つです。この場合の正義のクレームとは、「良心的なブリーダーから入手しているのか」、「動物虐待になっていないのか」等々を指して言います。
だからこそ、仕事のレベルが分かっていないと正論に反論できず、時として惨めになります。担当者が、応対ストレスから精神科に通うようになる厳しい現実もあります。
 
餌やペット雑貨の良品を適正価格で、いかに売ることができても、あるいは生体販売を良心的に行えていても、これらは作業のレベルです。
 
ペット事業の仕事のレベルは、核家族の増加で、命に限りがあることを教える機会が少なくなった子供達に命の尊さを教えることです。
 
そしてさらに、差別やいじめの無い社会を実現させるためには「全ての人にある惻隠の情を覚醒させる」必要があります。その手助けの一翼を、ペットがしてくれるのです。
この大事な機会を、現代人に与えることが、ペット事業の仕事のレベルです。
これは、使命、大義のレベルとも重なります。
 
正義のクレームは、逃げずに、誠意を持って売手側の正論でお応えする。これが非常に重要です。
しかしながら、作業のレベルで業務を行う人には、応対がまったくできない。
それが正義のクレームの特徴です。
 
 
 

看護業の場合

 
 
病人や要介護者の世話をする行為は、作業のレベルです。厳しい事を申し上げていますが、医師と同じです。
看護の仕事は、生きたい、治りたい、長生きしたいという気持ちに寄り添い、活力を手助けすることです。
 
しかしながら、そうは言っても、現実は厄介な患者がいることも事実です。
看護する人の言うことを聞かない。悪態をつく。そうした患者に対しての応対方法は、別の機会でお話する予定でいます。ここでは本題から大きく外れるため割愛します。
 
ここで大事なことをお話したいのは、看護は病に寄り添うのではなく、病人や介護者の人格に寄り添う仕事だということを忘れると、患者より看護する側の方が苦しくなっていくと言うことです。
これは、対人応対業にとっては、非常に大事な心得の一つになります。
 
「人を助けて、我が身助かるという現象が、この世にはある」
この意味は、哲学編の後の講義で確認してください。理解されたなら、必ず心が楽になります。
 
ここでは余談程度になり申し訳無く思いますが、看護業は「人疲れ病」がかかりやすい職業の一つです。
 
人疲れ病は、日々の実践心得と、呼吸の仕方で回避します。コロナ禍が長期化する中、呼吸法の話しができずにおりますので、余談程度と言っております。
 
「看護業で働いている人は、人疲れ病を回避する術が必要です」と、介護現場での悲惨なニュースをみる度に、教えて差し上げたいと思っています。
 
コロナ禍が終息したときに、ノウハウの分け方を再検討しようと考えています。(2022年1月現在)
 
 

士業の場合

 

弁護士や行政書士、司法書士が行う実務や、コンサルタントが行う解決法の提案等、それらはいかに精度が高くても作業のレベルです。
 
士業の仕事のレベルは、他人事を我が事と捉えて問題解決を行うことです。
したがって、いかに他人事を我が事に変えることができるか。この点が業務の質を左右していきます。
 
 
 


 
 
他にも具体的な事例を挙げる職種はありますが、企業の本社、データセンターやコールセンター等を例にしても、通常は入れません。
 
あなたが、どのようなお仕事であろうが、ここで挙げた料理人から士業までの職業なら目にする機会が多いはずです。
実際に注意深くご覧になれば、私が言っていることも分かりやすいと思います。
 
是非、注意深く観察し、その結果を日々の業務に活かしてください。
 
 
 
 


 


 
 
仕事のレベルから、生き甲斐や遣り甲斐が生まれはじめます。
 
正規雇用社員、非正規雇用者問わず、働くことで生き甲斐を得ることは、単なる労役から解放するだけではありません。
ここに気づくことが、今必要で有り、尊いことです。
 
親が生き甲斐をもって働く姿は、子供の精神成長にも良い。したがって、店員各位の心根の状態を仕事レベルから、使命のレベルへと昇華させていくことこそ、実は何よりの物心両面の幸福になると言えるのです。
 
「何のために、人は働いているのか」それは会社を発展させるだけ、あるいは労働対価を得るためだけではない。
この意味を知った上で、適切に導くこと。これを、社員教育と呼ぶのです。
 
 
 
経営層や、管理職の方々は、仕事のレベルで身を動かさず、作業のレベルで留まっている従業員を放置すれば、確実に売上不振原因を作る。そして、評判を下げる原因も生まれる。
最悪の場合、閉店倒産する原因になる。これらを改めて自覚する必要があります。
 
 
私が、店内調査時に何を観察しているか、本講義であなたも理解されたなら、本講義は意味深いと思います。
 
なぜなら、仕事のレベルが理解できないと、次の講義からの使命、大義のレベルは、まったく理解できない世界になるからです。
 
 
以上で、本講義を終わります。
 
 
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