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全サービス業共通 商売哲学編

PHILOSOPHY 

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閉店倒産しないための四段階の意識レベル最上位項目 Part2

 


 
 

大義のレベルについて

 
 


 
 
 
 
使命のレベルを長く取り上げてきたのは、大義のレベルより重要だからということではありません。
 
作業のレベルと、仕事のレベルの違いが分かって働くことができる。その上で、使命のレベルを自覚して働いていれば、心配ないと分かっているからです。
 
なぜなら、作業から仕事、仕事から使命のレベルへと、正しい軌道に乗っていれば、自然と大義のレベルは生まれてくるからです。
 
そして、ここで非常に大切なことを先にお話します。
自分は、大義など思った事が無い。だから自分は商売に向かない。あるいは、商売の才能がないと落胆することは、一切ありません。
 
商売をはじめようとする最初は皆、夢や希望を実現したいと思うのです。また、生身の人間ですから、我欲や野心を叶えようとする考えの方が、大義を考える事よりも優先されることの方が多いです。
 
厳密に言えば、商売をはじめる前に、大義がある人も稀にいます。
しかし、多くの人は自分の夢や希望を叶えるために、商売をはじめます。
 
分かりやすく表現すれば、夢や希望が叶い、商売が成功したなら貧乏でも良いとは、殆どの人は思いません。
 
自分が成功した暁には、社会的名声、経済的豊かさを持っていると想像してはじめます。商売をはじめる動機としては、悪いとは言えません。
なぜなら欲望は、発展力や成長力といった生命活力の大事な役割を担っているからです。
 
欲望は、けっして悪いものではありません。
欲望は、自らコントロールし、方向性を与えないと悪いものになる。ただ、それだけです。
 
例えば、自動車の燃料であるガソリンも、ガソリン自体は悪いものではありません。
しかし揮発性が高いため、取り扱いを誤ると簡単に大火事になります。
 
自動車を動かすガソリン同様、欲望も人を動かす活力です。取り扱いが、大事なのです。
 
 
 

生きることは欲すること。欲は捨てるものではなく制御するもの。
欲から悪が生れるのではなく、我欲による壟断から悪が生じる。
人間にとって大事なものは金で買えない。これを忘却しなければ、欲に溺れることはない。

 
 
 
あなたが今、大義のレベルを有していないとしても心配はありません。
なぜなら商売を営む間に、夢や希望、野心が、大義に変わる瞬間があるのです。
 
したがって、なぜ大義のレベルが必要か。この理由さえ自覚できれば心配ありません。
大義のレベルが、いつ必要になるのかを、本講義で理解頂ければと思います。
 
あなた自身の大義は、商人道義塾の講義を受講する中で発見し、覚醒してください。
大義は、人に与えられて抱くものではありません。自力で得て、はじめて役に立ちます。
ただし、これを踏まえて大義を得る手助けに商人道義塾の哲学編講義があります。安心してください。
 

 
商売を営む上での大義には、大きく二つの意味があります。
 
 

一つは、自社自店が、この世に存在する意義です。

 

二つ目は、人として守るべき道義であります。

 
 
それでは一つ一つ話していきましょう。
 
 
 
 

大義の一つ目の意味:この世に存在する意義とは何か。

 
 
 
 
先ずは、自社自店の存在意義からお話します。
 
実際にあった話を例にしましょう。
 
閉店倒産している会社の経営者を見聞きしてきました。
 
閉店倒産している会社の社長にもビジネスの目的や発展後の自社のイメージはあったのです。
「会社をどうしたいか。どのように発展したいのか」と尋ねられても答えることができるのです。
ところが、あるものが無いことに気づいたのです。
 
それは、自分の会社や店は、何のために存在しているのか。この理由を考えず経営していたのです。
 
自社自店の存在意義を見出せず経営している危うさがあります。
 
それは経営が上手く行っている時は、自社自店の存在意義に、ほとんど気づかないのです。
なぜなら、繁盛していること自体が、自分達の存在意義だと錯覚するからです。
 
ところが、商売は良い時ばかりではありません。浮き沈みがあったり、景気に左右されたりと、様々な困難が生じます。
この困難を乗り越えるときの支えになるもの、それが大義なのです。
 
大義を有していない経営が危うい事は、平時ではなく有事ではじめて分かるのです。ところが、分かったときには、手遅れになる。特に組織が大きいと、傾いてから気づくのでは遅い。そう感じることの方が多いです。
 
 
商売が長続きするということは、必ず長続きしている理由があります。
誰かに、必ず必要とされているのです。
 
この誰かに必要とされるということが、自社自店のこの世の居場所になるのです。
個人の居場所を自覚するのが、使命のレベルであるなら、自社自店の居場所を自覚するのが、大義のレベルとなります。
 
「自分の商売は、社会のどこにあるべきで、社会の何に役に立っているのか」、これを尋ねられて、必ず答えられる。これが、商売を長く続ける秘訣です。
 
業種を問わず、必ず商売は営む理由が存在し、営むことの意味があります。
これを即答できるように、何もトラブルのない平時から絶えず準備しておくのです。
 
これができれば、自社自店の進むべき道を迷うことも、発展する目的も間違うことがありません。
この感覚が、地図の無い商売の世界で、非常に大事になるのです。
 
実は、商売が失敗する人を見ると、非常に残念な人達がいます。
 
それは、一生懸命働きさえすれば、商売繁盛になると固く信じている人達です。
確かに商人は働き者の方が、有利です。しかし、一生懸命働きさえすれば結果が出るほど簡単ではないのです。
 
失敗する人に聞くと、この感覚を教えてくれる人がいないと言うのです。
失敗して気づく。あるいは失敗の原因すら気づかずに、人生が終わる人がいる。だから、残念なのです。
 
分かり易くするために、例を出しましょう。
 
東京にいる旅人が、どこに行くのかと町の人に尋ねられ、徒歩で京都に行くと答えます。
町の人達が、応援しようと旅人を見送りに来ました。
 
旅人は意気揚々と、北に向かって歩き始めます。その姿を見て町の人は皆首をかしげました。
町の子供が、旅人に大きな声で、「おじさん、京都はそっちじゃないよ」と引き留めます。
ところが、旅人は諦めなければ、京都に行ける。陸続きだから大丈夫だと言って、聞く耳をもちません。
 
今の時代なら、小学生でも東京から北に進んで京都に行けないことは知っています。
 
「ところが商売の世界では、この旅人と同じことをする人が少なくないのです」と話すと、皆様から笑顔が消えます。
方向が間違っていれば、目的地に付けない。これは子供でも知っています。
 
あなたは、もうお分かりになりましたか?
 
答えを話す前に、もう少し語りましょう。
 
聞く耳を持たない旅人に、ある人が、あるものを持って駆け寄ります。そして、あるものを指さし、あなたは間違っていると説明したのです。
 
このあるものとは、地図です。そして、地図を指差して言いました。中山道を人差し指でなぞり、「この道を行けば、京都へ行ける」と教えたのです。そして、旅人が道に迷わないようにと、方位磁石をプレゼントしてくれました。
 
そうです。この地図と方位磁石の役割をするものが、大義なのです。
 
自社自店が、今どこにいて、これからどちらに進めば良いのか。どこに居れば安全なのか。これらを自覚させる道具が、地図の無い商売の世界にこそ必要になるのです。
 
大義のレベルで働いていれば、いかに困難な状況になっても、自分達の立ち位置を見失わないで済むのです。これが、大義の役目です。
 
困難に強い経営者は、強靱な心を有しているから困難に強い訳ではありません。
胸中に大義があるからこそ、強くいられるのです。
困難な時にこそ、大義があることが、経営者の支えとなり、方向を誤らずに済む羅針盤の働きをします。
 
この感覚が、大義の無い人には分からないことなのです。
だからこそ、意識することから始めることが大切です。
必ず有事や困難な際に、私の言葉の意味が分かります。

 
 

 
そして大義のレベルには、もう一つ重要な要素があります。
実は、自社自店の存在意義を自覚していただけでは、駄目なのです。
 
なぜ、駄目なのか。
 
それは追い詰められた時や、うまい話を聞いたとき、人間は悪魔に魂を売りたくなる瞬間があるのです。
「悪魔のささやき」と、私が呼ぶ現象に打ち勝つことができないと、商売も長く続けることができないのです。
 
 
それでは、大義にもう一つある、二つ目の「人として守るべき道義」についてお話します。
 
 
 
 
 

大義の二つ目の意味:人として守るべき道義とは何か。

 
 
 
この二つ目の大義の要素が分かれば、90年代にバブル経済崩壊後、生き残った会社と、倒産した会社は、何が分かれ目だったのかにも気づきます。
 
 
人として守るべき道義とは何か。
これを、ここで私が説明してしまうと一辺倒になり、陳腐になる恐れがあります。
 
道義ですから、あなた自身や、あなたの会社独自のものを見出すことが大事です。
 
そこで、「大義のレベルにおける道義とは何か」は、あえて説明致しません。
その代わりに、持っていない人とは、どういう方々かについて説明します。その方が、理解しやすいと思います。
 
 
道義の無い人とは、どういう人達か。いくつか事例をお話します。
 

事例1


宴もたけなわとなった宴会で、徳利にあまった酒を別の徳利に集めて、熱燗し直して再提供する。
確かに、酔っているお客さまには、酒の味の違いは分からないでしょう。
しかし、こうした店が生き残ることはありません。
問題は、なぜお客さまに気づかれないのに店が潰れるのか。お分かりになりますか?
これも商人道義塾の講義で発見してみてください。
ヒントは、無意識の記憶が人間にはあるということです。
 
 
 

事例2

 
ある小売店があります。通常価格で仕入れた品を、大地震の直後に三倍の値段で販売します。確かに、大地震直後は必要に迫られ高価でも売れます。
しかし、こうした店が、後々生き残ることはありません。
なぜなら、お客さまは、この店の仕打ちを忘れないからです。
 
 
 

事例3

 
老舗の料亭が、産地を偽ってお客さまに料理を提供する。これも、お客さまには気づかれません。
問題は、バレなければ良いという感覚の源です。この店の経営者、料理人には使命のレベルもありません。したがって、職業人としてのプライドがないのです。そして、バレなければ良いという心根こそ、商売を営む上で最も危険な心根になります。
 
 
 

事例4

 
高級ホテルが、紙パックのジュースを、搾りたてフレッシュジュースとして提供する。当然ながら、紙パックのジュースが果汁100%のものなら、お客さまが、味の違いに気づくことは稀でしょう。
バレなければ良いと、なぜ高級ホテルのホテルマンが思うのか。嘘までついて利益を出そうとするのはなぜか。あるいは、手間を掛けずに提供したいと思うのはなぜか。
新人の頃から徹底的にホスピタリティ(歓待)の教育を受けている人しか居ない組織で、なぜ誰も異議を言わないのか。この社内風土は、何から生まれるのか。お分かりになりますか?
 
 

 
 
これらの事例で共通している点に、あなたはお気づきになったでしょうか。
これらの事例、全て大義のレベルがない人達です。
 
大義のレベル、二つ目の「人として守るべき道義」で最も問われること。それは、儲け方なのです。
儲ければ何でも良いでは、善良な市民が営む商売ではありません。
 
無論、商売は利益が出なければ、運営者全員の生活ができません。
しかし、儲ければ何でも良いという意識が、自らの存在を危うくするのです。
 
人として守るべき道義が、なぜ商売に必要か。
それは、売り手と買い手、そして取り引き業者、この3者間の信用をつくるからです。
 
商人にとって重視しなければならないこと、それは信用です。
商売上の信用力は、大義のレベルの質が決めているのです。
だからこそ、商売では必須なことなのです。
 
仕入れた品を、仕入れ値の十倍の高値で売れば、確かに儲かります。
しかし、これは儲けすぎだとブレーキを掛ける人達が、この世にはいます。
ではなぜ、ブレーキを掛けるのか。店の信用が無くなることを知っているからです。
 
そして、ブレーキ役になる人達の胸中にある判断基準こそ、大義なのです。
 
大義をもって儲けること。この基準が、まっとうな人間の商売と、怪しげな組織や詐欺師と決定的に分ける線引きとなります。
 
使命のレベルが個人の生き方を問う領域の話であるなら、この大義のレベルは法人の有様が問われる領域となります。
だからこそ、経営者にとって必須だと言えるのです。
 
 
バブル経済崩壊後生き残る会社、倒産する会社の分かれ目の話ですが、答えがお分かりになりましたか?
 
バブル経済の最中、小売業なのに不動産開発の投資や、畑違いの投資を行う会社がありました。その一方で、自分達は小売業だからと、いかに銀行に勧められても本業以外に手を出さない会社がありました。前者は倒産し、後者は生き残りました。
自らの役目から逸脱しない判断の源こそ、大義なのです。
 
うまい話であっても、確実に儲かると分かっていても、大義のないことはしない。
これが自らに課した道義を守り商売を営むということです。
 
 
 
 

商人は、大義を抱け。
ただし、聖人になることではない。

 
 
 
 
清廉潔白であることは人として立派であります。
しかし、大義のレベルが必須とは言っても、聖人のようになるべきというものではありません。
これを最後の話に致します。その理由は、無用な苦しみが生まれないようにするためです。
 
 
私が、偉大な経営者と表現することがあります。
しかし、それは聖人や善人とは異なると付け加えます。
 
この理由を最も表した御仁こそ、渋澤栄一翁です。TVドラマでご存じの方も多いでしょうが、渋澤栄一翁には二人の妻と、愛人がおられます。【link:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)参照』】
 
奥様の気持ちを察すれば、けっして渋澤栄一翁は、偉人でも聖人でもない。
 
しかし、別の角度から見れば、近代商業の世界で渋澤栄一翁ほど、多くの人々の生きる場を創った人はおられない。それは、今尚大企業として存続している会社が多いことでも分かるのではないでしょうか。
 
そして何より、渋澤栄一翁が類い希な存在だと敬愛に値すると思う点があります。
それは、論語と算盤で例えられる、道徳経済合一の志です。
この志で多くの人達の生きる糧を創った。今尚、渋澤栄一翁を慕う人達がいるのが分かります。
 
 
 

人間とは、清濁併せもつ存在である。
人間は、見る角度で善人にも俗人にもなる。

 
 
 
だからこそ肉眼だけで見える世界で、人を分かったような気になっていることが危険なのです。
商人道義塾で学ぶ方々は、多面的に物事をみる目を養って欲しいと願っております。
 
例えば、使命のレベルのところでも話したように、私が偉大な経営者という方々がおられます。
松下幸之助翁井深大翁盛田昭夫翁本田宗一郎翁土光敏夫翁、他にも挙げればきりが無いほどたくさんおられます。【link:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)参照』】
 
私が偉大な経営者という方々には、共通して夫以上と言って過言ではない、立派な奥様がおられます。
 
商売の発展の基礎を築きたいと思うなら、家族の協力無くしては実現不可能です。
これは商家や農家に生まれた人なら、誰でも知っていることではないでしょうか。
 
経営者として働く夫は有名になり、賞賛される。ところが支えている妻や家族は表にでないことの方が多い。おかしな話だと、言える人が増えなければなりません。
 
深く、深く人を見る。それは、その人を取り巻く人達も慈しんで見るということです。
人間一人の力など、大したことはありません。大成した人には、必ず支えている人達がいる。
 
肉眼で観察するような表面的な意識では、人間は学べません。
目に見えることだけが、真実ではない。人間は、虚栄もはれば、嘘もつく。本心では思っていない卑下を自ら語る。だからこそ、相手の言葉尻を追っているようでは、本心は悟れないということです。
 
大事なことは、人のディティールを見るだけでは、見えないものがある。この自覚なくして真実は見えないと、意識することです。
 
外見や性別は、その人の一断片にすぎません。一断片を見て、その人の全てだと思うから、簡単に人を嫌うようにもなる。一断片で全てだと思わない。この考えに先ず改める。
今、自分が見ている相手は、一断片で全てではない。これが、接客業での心得の一つです。
 
この心得が自らの懐を深くし、お客さまが、いかに目前で立腹されていようが動じず、最後まで丁寧に応対できる接客の構えをつくるのです。
 
 
例えば、次の写真のように、目前で嫌味を言ったり、立腹したりするお客さまがおあれます。
 

 
 
自分に今は怒っている顔を見せているお客さまも、普段は家族や友人から愛されているのだろうと想像し、次のような顔を思い浮かべます。
 
 
 
 

 
この笑顔を、立腹中のお客さまから想像できる担当者が、速やかにクレーム応対を円満解決している人なのです。
 
この感覚が、人間の懐の深さであり、接客の間合いになるのです。
 
 
人間を知るとは、外見や性別を知ることではありません。
また、自我だけを見ることでもありません。
 
その人の真我(深層心理)、そしてその人を取り巻く人達の真我までも酌もうとする意識。こうした意識無くしては、真に人は見えてきません。
この感覚が少しでも分かるようになって頂くために、商人道義塾の哲学編があります。
 
 

 
少し話が逸れましたが、本題に戻りましょう。
 
 
商売は良くも悪くも営む人達の生き方が、全て出る世界です。
普段の生き方が、窮地や難局の際に問われます。だからこそ、平時の際に大義のレベルを自覚して生きることが大事になります。
 
ただし、大義をもって営むことが大事だと、いくら頭で理解していても、体が動きません。
これでは、実践の現場では意味がありません。
 
大義のレベルで営むということは、理屈で理解できるほど、生易しい話ではありません。
しかし意識さえしていれば、手に入る確率は高くなります。
 
大義のレベルを自力で得ようとする。あるいは、理屈抜きにわき上がる思いに、正直に実行すると決めてしまうことが手に入れる秘訣です。
 
 
大義のレベルについて、理論の理解では役に立たず。体得として役に立つ。この見本が、世の中にはおられます。
 
その御方は、自分は経営の知識も商売の知識もなく商売をはじめたとおっしゃいます。
ところが、商売で成功されました。
商売では、仕事のレベル、使命のレベル、大義のレベルが心中にあることの方が、先に必須だと証明されたのです。
 
この方こそ、ザ・ボディショップの創業者、アニータ・ロディック氏です。【※出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)参照』】
 
アニータ氏が最初の店を出すとき、ファイヴバリューズといわれる経営哲学は、まだ表に出るほど形になかったはずです。しかし、その元は、彼女の心根にはあったのです。
 
彼女の商売の仕方と発展の過程を学ぶと、いかに使命のレベル、大義のレベルが企業発展に欠かせないかを学べます。
 
会計やマーケティング理論を学ぶこと、商習慣を知ること。これらよりも、使命や大義が明確にある方が、経営は強い。彼女は、非常に良い見本です。
 
 
講義なので、気休めは言えません。
これから話す、厳しい物言いで気分を害する方がおられたなら、先にお詫びします。御容赦を願います。
 
私は、アニータ・ロディックという御仁のような経営者が、これから先も誕生して欲しいと願っています。
アニータ氏の面影も消えないで欲しいとの願いをこめ、事例としてお話します。
 
厳しいことを申し上げます。
既に、ザ・ボディショップは日本国内で展開されております。
しかしながら、アニータ氏の志が、店で働く方々に出ていないと、残念に感じています。
 
ただし、名誉のために真実を補足すれば、店内で働く人達に、非は一切ありません。
寧ろ、一人一人拝見すれば素敵な人が多く働いておられます。私の家族と何度も買い物をしているので嘘ではありません。
だからこそ、残念さが増すのかも知れません。
 
東京、大阪等々、出張先でも何店舗も拝見しております。
ではなぜ、私がアニータ氏の志で働いていると感じる店が無いと言うのか。
 
それは、ファイブバリューズの中にあるもので、アニータ氏たらしめている重要な志を、従業員各位に実践させていないと感じているからです。それは、一体何か。
 
Five values のなかにある、Activate Self Esteem. これを体現させていないと感じるのです。
 

(Five valuesとは、アニータ・ロディック氏が唱えたザ・ボディショップの五つの経営哲学です。アクティヴェイトゥ セルフ エスティームとは、その一つです)

 
 
アクティヴェイトゥ セルフ エスティームとは、意訳すれば「自分の価値を大事にし、勇んで生きる」ということです。
 
セルフ エスティームを難しい言葉で訳すと、「自己肯定感」となります。
平たく訳すと「自尊感情」と言われます。
 
ここで、誤解してはいけないことがあります。
 
それは、セルフ エスティームを「単に、自分を肯定して生きれば良い」と、単純解釈してはいけないということです。我欲や、わがままを通すことではないからです。
 
講義ですから、セルフ エスティームについて、私の感覚で意訳して説明しましょう。
 
 
誰しも人間は、未熟なまま死に至ります。この厳しい現実を踏まえなければ、人は生きられません。
なぜなら、自分の欠点や未熟なところばかり気にしていれば自暴自棄になり、最悪の場合、死を選ぶからです。
 
だからこそ、日々反省はしても、けっして自分を責めすぎてはいけない。責めすぎると絶望を生み、死に至る心の病をつくる。これが、自ら人生を止める瞬間へ誘うのです。
 
ありのままの自分を許し認めて、自らを愛す。そして、この世に二人といない絶対無二の存在である自分の尊さに気づき、自性を最後の日まで全うする。
これが、Activate Self Esteemを体現しようとする世界です。
 
したがって、セルフ エスティームを実践することには、とても深い意味があるのです。
自分の未熟や欠点、弱点を、ありのまま受け入れて自らを許すから、他人も許せるようになる。
これは人が生きる上で、非常に大事な感覚なのです。
 
 
 

己の未熟さ、欠点に気づかない人間ほど、他人に厳しい。
他人を許すことができない者に、世俗での安寧はない。

 
 
 
穏やかな気持ちで毎日を生きたいと思うなら、先ず自分を許すことです。
 
 
 

人間は、必ず誰かに許されながら生きるもの。
この気づきが、真の感謝を生み。慢心せず生きる智恵となる。
これが、謙虚さの源である。

 
 
 
アニータ氏自身、ザ・ボディショップに勤めるために生まれてくる人は、一人もいない。このことを分かっていたはずです。
その上で、縁があってザ・ボディショップで働く人には、セルフ エスティームを感じ、また体現できる店であり続けたいという思いがあったのです。
 
では、セルフ エスティームを感じ体現した姿とは、どのような姿でしょうか。
 
それは、商人道義塾の講義で必ず見つかります。
見つけられない人は、学びが浅いということです。
 
 
そこで、あなたが社員教育の指導者なら、従業員各位にセルフ エスティームの体現を、どのように指導しますか。
 
恐らく、「自己肯定感を持ちましょう」あるいは、「あなたらしく働いてください」と訴えたところで、ほとんどの人が簡単にはできません。
 
では、私から一例をお話しましょう。
 
 
アニータ氏は、女性の真の美しさは姿形ではないことを、誰よりもよく知っています。
その彼女が、基礎化粧品を売るのです。この意味を、従業員各位に実感させることです。
 
そうすれば、お客さまに、自分達は何を伝えれば良いかも分かるのです。
自分達のパッションを、お客さまとシェアしようとする行為の過程で、従業員各位それぞれの表現方法が必要になります。
 
自分なりの表現をしようと心が動く時に、ひとりひとりのセルフ エスティームが、自然と表れてくるのです。
 
本部からの指示されたマニュアル通り、説明したところで、パッションは他者とシェアはできません。
相手の心に響くには、先ず自分の心の振動を高める必要があります。人間は、自分の心の振動を高める時に、自分らしさという感覚に気づくのです。自分にしかない「らしさ」、ここに自己価値感を抱くのです。
 
自分の心の振動が目に見えなくとも波動となり、相手の心を振動させる。これが共感という現象です。
 
例えるなら、二つある音叉【※】の一つを鳴らせば、横にあるもう一つの音叉が鳴りはじめる働きのように、自分の心を先に大きく振動させるからこそ、相手の心も揺らぐ。この感覚が、セールスには大事になるのです。【※ link:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)参照』】
 
アニータという御仁は、共鳴共感ということを、とても大事に生きてきた御方です。
この志を後進が分からなければ、品しか売れない。いや品も売れなくなる。そう感じています。
 
アニータという御仁は、品だけを売ってきた訳ではない。では、何を売ってきたのか。ここに気づき、それを実践することが同時に、従業員各位のセルフ エスティームを体現することにも繋がるのです。
 
従業員各位がセルフ エスティームを体現しつつ、勇んで働くと、どうなると思いますか?
是非、あなたの会社や店舗で試してください。簡単に結果は分かります。
 
Five valuesに関しては、こちらからどうぞ>>>【※出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)参照』】
 
 
 
 

商人は、聖人である必要はない。
しかし、誠人である必要がある。

 
 
 
本講義で感じたことを踏まえ、創業理念や使命、大義を忘れたり、軽視したりすることが、いかに経営を不安定にするかを、あなた自身が、身近な事柄から見つけられる。これが、何より尊いことです。
是非、発見してみてください。
 
 
私が「大義とは、何か」と、大義自体の話をここでしなくても、哲学編を最後まで受講され、あなたの心にわき上がる感情を大切にすれば必ず得られます。
 
見ず知らずの人達を、我が事のように幸福にしたいという欲求が浮かび上がってきて、何かせずにはいられないという衝動が生じたなら、あなた自身で大義の感覚を掴めたと言えます。
 
したがって私が、本講義で「大義とは何か」を、詳しく語らなくても心配には及ばないのです。
実技の世界は、理屈よりも感覚を掴んでしまえば、「自然と事を成す」ということがあります。
 
 
それでも、何も話さないと不安に感じるかもしれませんので、ヒントを話して終わりにしましょう。

大義のレベルの心根がある人には、共通している心の状態というものがあります。
特に成功者と言われる人ほど、例外なく持っておられます。
 
それは、私が「マスターマインド」と呼ぶものです。
 
 
このマスターマインドに関しては、別の機会に話す予定でおります。この言葉も非常に意味が深く、話すと長くなります。
そこで本講義では、マスターマインドの正体に気づくヒントを言いましょう。
 
あなたが、神仏として天から人間界を眺めていると想像してください。
あくまで想像ですから、神仏がいるかいないかは、ここでは考えずに!
 
天から人間界を眺めていたとき、誰に力を貸せば、多くの人が豊かになるかと考えてください。
手を貸したくなる人間には、共通している心理状態があります。
これが、マスターマインドの正体です。
 
 
私が言うマスターマインドの対義語は、富の独占です。
 
ベンサムJ.S.ミル【※】が提唱する功利主義を推奨する意図はありませんが、何か判断を下すときは、絶対多数の幸福を優先する。簡単な言葉に言い換えれば、自分が下す決断は、一人でも多くの人が豊かになる方を必ず選ぶ。この感覚が、マスターマインドの一つです。【※ link:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)参照』】
 
ノーブレス・オブリージュ【※】という感覚が欧米にあります。富める者の責任や義務という意味で使われます。
裕福になったから寄付が好きになるのではなく、寄付する心根を貧しいときから有しているから裕福に誘われる。こうした感覚も、大義のレベルが自分の身になってくれば感じるのではないでしょうか。【link:フリー事典『ウィクショナリー参照』】
 
これをヒントに是非、あなたの大義について考えてみてください。
 
ヒントが難しいと感じたなら、焦る必要はありません。
哲学編の講義を受けながら、徐々に感得できれば良いのです。
 
全ての答えは、あなたの真我に眠っています。それを起こすだけで良いのです。そのきっかけが、商人道義塾の講義です。
 
焦らず受講してください。
あなたにとって、必要な時に分かるようになります。
 
商人道義塾の講義を受けているという時点で、分かるようになる縁が既にあると言うことです。
安心してください。
 
 
これで、講義を終わります。
 
 
 
 

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