【広告】
一流と二流の決定的な違いとは何か?(最終回)
私のセミナープログラムで好評な「二流の壁・誘惑の塀」の内容から重要部分を抽出してお話します。但し、ここは社内研修の場ではありませんので、通常の社内研修では語らないものも語ります。
但し、私は宗教や、特定の思想の影響を受ける者でも、属する者でもありません。生来の感覚を大事にして生きているにすぎません。
誤解の無いよう御注意して閲覧してください。
二流の壁とは、
同じ入社日、且つ同じ訓練を受けていても、五年、十年経過する間に、一流の世界に入れる人、二流止まりで、くすぶってしまう人に分かれます。
残念なのは、腕前は一流にもかかわらず、二流の世界に留まる人がいる現実です。例えば、美味しい料理を作れても閉店倒産する飲食店主、技術力が高くても顧客の来ない美容師。これらの方々には共通する生き方があります。
一流の世界に入ることができない人は、二流の壁の越え方を知らない。ただそれだけだと、私は教えています。越え方を知り、素直にチャレンジすれば一流の世界へ入れています。では、二流の壁とは何か。私のセミナーで、その壁の正体を図で説明し、越え方のアドバイスをしています。
誘惑の塀とは、
誘惑の塀とは、新入社員は真面目で有ればあるほど、また期待に胸膨らませ入社してくれば来るほど、必ず3年以内に辞めたくなる。この心理現象を誘惑の塀と呼んでいます。
その上で、実例で説明し、転職するべきかの判断ポイントを理解するプログラムです。
受講後、離職者が激減すると高評を得ているプログラムの一つです。(実際は退職者ゼロ人が珍しくありません。)
ビジネス・商売の世界、音楽業界、芸術界、スポーツ界等、実技を伴う様々なジャンルの方々を見聞きする中で発見できた一流の世界にいる者からの教訓を一覧に致します。
二流は、己の為に悩む時間が長い。
一流は、他者の為に悩む時間が長い。
二流は、努力は報われると考える。
一流は、努力している己に気づかない。
二流は、過程にこだわり、方向性を軽視する。
一流は、結果にこだわる。これにより方向を見誤らない。
二流は、人生で差がつく原因は、IQ(intelligence quotient 知能指数)だと考えるため、頭で考え妄想し、手も足も出せなくなる。
一流は、人生で差がつく原因は、IQ(improvement quotient 進歩指数)だと考えるため、常に実行を優先にする。
二流は、手を抜くことを正当化する。
一流は、些細なことも慎始敬終に行う。
二流は、技術と知能があれば一流になれると錯覚する。
一流は、技術と知能だけではトップになれないことを知っている。
心技体の語順の如く、心が先に動き、体も技も動く。よって心のつかい方で全てが決まると知るが所以也。
二流は、他人から利用されることを異常に嫌う。
一流は、他人から必要とされて自分の居場所が、この世にできると知っている。
二流は、きれい事だけでは飯は食えないと言う。
一流は、きれい事が無ければ長続きしないことを知っている。
二流は、一流を目指す。
一流は、一流と評価される遙か前の無名時から、既に一流である。
二流は、負けは終わりと思う。
一流は、負けは高見への始まりだと思う。命あるかぎり挽回できることを知っている。
二流は、人生の成功は社会的成功だと思い、平凡を笑う。
しかし真の一流は平凡。代わり映えが無く、浮き沈みもない人生を12年間以上過ごせることこそ真の一流。
歴史に名が残らず、人知れず骨になる者の中に一流がいる。
しかし、人に知られずとも、事実は無にならない。
これが天網恢々疎にして漏らさずの本意である。
二流は、死は終わりと考える。故に、人生は一度きりと我欲を優先する。
確かに、地球上を基準にすれば、死は消滅に見える。
しかし、宇宙を基準にすれば消滅ではなく変化にすぎない。
一流は本能的に、これを知る。故に他界と言い、最後の日まで成長を止めない。
あなたの心には、何が残りますか。
どのジャンルの業界でも、スタート地点は平等に用意されています。
ところが、ある所まで進むと、一流の世界へ入れる道と、二流のまま停滞する道に分ける分岐点があるのです。私は、この分岐点を発見しました。そして、この分岐点が、なぜ現れるのか。この原因をも見つけています。
私は、受講者に分かり易く理解してもらうため、これらを図で説明できるようにしています。
これにより、一流の世界へ行けない人達が立ち止まる「二流の壁」の正体を簡単に知ることができます。
知ってしまえば、二流や三流と俗に言われるエリアでくすぶっている方々も、一流の世界へ行くことができています。
人生は、「人生観」、「心指し(志)」、「行動力」を吟味し、改善すれば簡単に変えることができると話しています。
私がいうことは、きれい事でも気休めでもない、これを最も表しているものが「二流の壁・誘惑の塀」のプログラムだと言われます。
通常、社員向け研修ではオカルト的と誤解される可能性があるため語らないことがあります。それを、ここでは語りましょう。
宇宙から降り注ぐ聖なるエネルギーは、些細なことでも感謝する者を好み。己の無意識で生じた悪気の無い不徳に、心底懺悔する者を助けたいと作用する。
地球のエネルギーは、増幅、還元、分配を好む心をもつ者に力を貸そうとする。
これら摂理を感得できる心を、私は「マスターマインド」と呼びます。
そして、このマスターマインドを得るための心身を鍛えることこそ、次代のリーダー育成だと考え、いくつものプログラムを用意しておりました。
しかし、公にする場が与えられない事実が、私を必要としていないという天命だと悟り、この度 法人様へのご提供は終了と判断しました。
法人様へノウハウ提供終了に伴い、最後に感じて頂きたいものを、私流に一覧にさせて頂きました。
あなたに私が伝えたいことが、あなたの背中を押すきっかけになれば幸甚です。
※
私は、一流、二流という区別を好んではおりません。受講者がイメージしやすいため、便宜上利用しているだけになります。誤解無いように補足致しました。
反響が大きいようなので、最後に番外編をたさせて頂きましょう。
私が話してきた中で最も理解され難いものをおまけとして付け加えます。
二流は、想念で夢を見る。故に叶わず。
一流は、意念で夢を見る。故に叶う。但し、自らの積徳以上のものは具現化されない。
二流は、意念で勘を働かせる。故に外れる。
一流は、想念で勘が働く。故に正確となる。
これらの意味が分かりますか。安心して下さい。相当修行を積んでいると自負している者でも、そう易々とは分かりません。
それでは、少し現代的な分かり易いものに換えて終わりにしましょう。
二流は、他者の目があるところを優先し尊ぶ。結果、他己評価に一喜一憂せざるを得なくなる。
一流は、他者の目が無いところでの行為が自らの人生を豊かにし、幸運を招くと知っている。故に、他己評価よりも本望を優先する。結果、他己評価で自暴自棄になることがない。
二流は、幸運は偶然生じると考える。
一流は、幸運は自らの生き方で招くものと考える。
故に、大谷翔平選手がグランドのゴミを拾い、ポケットに入れる姿を見て、二流は感心するが真似はしない。
一流は、かの姿を見てゴミを拾っているのではなく、運を拾っていると見え、感心では終わらない。
【link:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)参照』】
一流と二流の差は、ほんの些細なことからはじまり、大きな差となり終わります。
この差の違いを理解して生きることが神仏を信じるよりも、人間には先に必要だと存じています。
なぜならば、幼少から眺めてきた光景があるからです。
敬虔な信仰を持っていても幸福から遠ざかってしまう人と、神仏を全く信じなくても人道のど真ん中を悠々と歩く人を、それぞれ眺めてきました。
そして、これらの原因を既に感得しています。
最終回ですから、少し私の存念をお話しましょう。
神仏を信じた方が良いですかと問われれば、私は信じた方が良いと答えます。
なぜならば、絶対的な完璧な存在と、自らを比べることで己の未熟さの輪郭が明確になり、この結果、正しい改過自新ができるからです。
但し、神仏を信じたぐらいで天国に行けると思ったら大間違い。逆に、神仏を全く信じなくても天国に行ける人は行けると答えます。問題は、なぜ行けると言えるのか。生きる上で最重要なことは、この理由に気づくことと存じています。
宗教に入った方が良いですかと問われれば、ご自由にどうぞと答えます。
但し、神仏を信じる程度で入信すれば、辛くなりますよと付け加えます。
常々、自我と真我を分けて私が話すのには、重要なことがあるからです。
自我の領域で神仏を信じていても、残念ながら思いは天に届いていない。
具体的な事例を申しましょう。世のため人のため、従業員は家族だと言い、そして寄付好き。このような社長がいる会社が、閉店倒産するのです。これらは、自我のレベルで考えているからなのです。
善行は自認した瞬間、無に帰する。
無意識の悪行は、いずれ具現化し自らを苦しめる。
このことの重要さと厳しさを知ればこそ、人生を左右しているものは、真我(潜在意識)の状態だということに気づく。この重大さを感得しているため、私は自我と真我を分けて話すのです。
ただ難しいのは、真我の状態は、相当修行しても自覚できないということです。だからこそ、意識的に重要だと感じる習慣が大切になります。
この感覚が少しでも分かれば、集客に困ることも、人間関係に困ることも、「これ」をすれば無くなりますよという私の話の意味も深く理解できるようになります。
「これ」とは、呼吸の仕方であり、呼吸の仕方をコントロールすることで、人は心の重心を変えることができるのです。そして、心の重心に合わせてイメージする。この呼吸とイメージの仕方で、人生の軌道も徐々に変わるのです。
私は、オカルト的や、宗教的と思われる内容を法人内で語ること、極力控えてきました。科学的に証明できないものは、不適切になり得ると思うからです。
法人の場合は、言語化や可視化できるものを何より優先すべきです。これが結果的に、様々な考えで生きている社員各位を正当に保護することになるからです。
なぜ最終回に、こうした内容を語ったのか。それは、今の日本は、本質から外れていることが多いと、指導者層が気づいて欲しいからです。
例えば、いじめの問題です。
学校で、いじめを解決しようとするといかにして、いじめっ子を無くすかを先に考えますね。これが本質から外れているのです。
分かり易く例を変えましょう。
地震の多い日本だから、国外に移住しようと考える人より、地震に耐えられるように暮らそうと考える人の方が圧倒的に多いですよね。
逃げるのではなく、適応しようと考える。これもまた進化の姿であり、これが自然なのです。
したがって、いじめっ子を無くす。いじめっ子の居ないところに移る。これらが先ではなく、いじめっ子が居ても負けない。あるいは適応できる力を身に付けさせる。これが先だと気づく大人が増えれば、辛い思いで苦しんでいる子供達は救われるのです。(※1 下段補足)
この世は、健康上の苦労、経済上の苦労は、いかに七転八倒苦しみを得ても、一度乗り越えれば同じ苦しみが繰り返される可能性は低いのです。
ところが、人間関係の苦労は、乗り越えても乗り越えても一生付きまとう。
この現実に向き合うことを子供に教える。そして、最後まで生きぬく力を子供に授けることこそ、大事な子育てなのです。
学校の成績を良くするだけでは事足らない領域があると知って、はじめて子供のためになる。そう思われませんか?
もしあなたが、共感されたなら自らの側にいる子供達から教えて上げてください。必ず将来、あなたに感謝されます。
道理を見極める能力。
摂理に敏感になる能力。
こうした能力を訓練されていない人が増えたという事実。
これに気づく真面な人が、今この国に必要だと思いませんか?
企業にも同様です。
社是や企業理念は、宗教の教えと同じく感化が必要です。
しかし、その目的も役目もやり方も、全く違う。この違いを明確に理解し、社員各位に教えられる人がいなくなれば、浮き沈みの激しい経済下で脆弱な組織として生きねばならなくなるのです。
この怖さに気づく人が、本当に少ない。
これが、私が今の日系法人を眺め、憂いている点であります。
今回は法人様への営業活動終了に伴い、また最終回ということで特別に少し難しい話も織り交ぜました。
あなたの心には何が残りましたか?
何か一つでも、些細なことでも、あなたの役に立つことがあれば幸いです。
(以下、2025年3月3日加筆修正)
いじめ られたくなければ、己から出るエネルギー(雰囲気)の質を変えよ!
体からでるエネルギーの質は、心根の状態と、体調で変わります。
心身両方か、心と体どちらか一方でも変わります。
ここでは、誰しもが簡単にできる方法で説明を続けます。
心根と言っても、体内のどこにあるかは、通常は実感できません。
その一方、体調の良し悪しで雰囲気が変わることは、誰でも経験的に知っているはずです。
心根の状態を変えるために、最も簡単な方法は、何か?
心と体は分離して動きません。そこで体を変えることで、心根に影響を及ぼすのです。
「いじめ」られている人が、「いじめ」られないようにしようとすればするほど、「いじめ」られやすくなる。
「いじめ」られても、私は大丈夫。この心になれれば、「いじめ」られなくなって行く。
この事実に気づいた者から救われる。
但し、いじめられても大丈夫という気持ちにするためには、心を強く持っただけではダメなのです。
体を強くする必要があります。
商人道義塾サイト内検索
【広告】
哲学編:全ては、ここから。
【広告】
