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一流と二流の決定的な違いとは何か? 

 
 
 
 

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一流と二流の決定的な違いとは何か?(最終回)

 2026年4月8日創立記念 加筆修正版
 
 

 
私のセミナープログラムで好評な「二流の壁・誘惑の塀」の内容から重要部分を抽出してお話します。但し、ここは社内研修の場ではありませんので、通常の社内研修では語らないものも語ります。
 

但し、私は宗教や、特定の思想の影響を受ける者でも、属する者でもありません。生来の感覚を大事にして生きているにすぎません。
誤解の無いよう御注意して閲覧してください。

 

 *

 

二流の壁とは、
同じ入社日、且つ同じ訓練を受けていても、五年、十年経過する間に、一流の世界に入れる人、二流止まりで、くすぶってしまう人に分かれます。
 
残念なのは、腕前は一流にもかかわらず、二流の世界に留まる人がいる現実です。例えば、美味しい料理を作れても閉店倒産する飲食店主、技術力が高くても顧客の来ない美容師。これらの方々には共通する生き方があります。
 
一流の世界に入ることができない人は、二流の壁の越え方を知らない。ただそれだけだと、私は教えています。越え方を知り、素直にチャレンジすれば一流の世界へ入れています。では、二流の壁とは何か。私のセミナーで、その壁の正体を図で説明し、越え方のアドバイスをしています。

 

 

誘惑の塀とは、
誘惑の塀とは、新入社員は真面目で有ればあるほど、また期待に胸膨らませ入社してくれば来るほど、必ず3年以内に辞めたくなる。この心理現象を誘惑の塀と呼んでいます。
その上で、実例で説明し、転職するべきかの判断ポイントを理解するプログラムです。
受講後、離職者が激減すると高評を得ているプログラムの一つです。(実際は退職者ゼロ人が珍しくありません。)

 
 
 

 
 
 
ビジネス・商売の世界、音楽業界、芸術界、スポーツ界等、実技を伴う様々なジャンルの方々を見聞きする中で発見できた一流の世界にいる者からの教訓を一覧に致します。
 
 
 
二流は、己の為に悩む時間が長い。
一流は、他者の為に悩む時間が長い。
 
二流は、努力は報われると考える。
一流は、努力している己に気づかない。
 
二流は、過程にこだわり、方向性を軽視する。
一流は、結果にこだわる。これにより方向を見誤らない。
 
二流は、人生で差がつく原因は、IQ(intelligence quotient 知能指数だと考えるため、頭で考え妄想し、手も足も出せなくなる。
一流は、人生で差がつく原因は、IQ(improvement quotient 進歩指数だと考えるため、常に実行を優先にする。
 
二流は、手を抜くことを正当化する。
一流は、些細なことも慎始敬終に行う。 
 
 
二流は、技術と知能があれば一流になれると錯覚する。
一流は、技術と知能だけではトップになれないことを知っている。
心技体の語順の如く、心が先に動き、体も技も動く。よって心のつかい方で全てが決まると知るが所以也。
 
二流は、他人から利用されることを異常に嫌う。
一流は、他人から必要とされて自分の居場所が、この世にできると知っている。
 
 
二流は、きれい事だけでは飯は食えないと言う。
一流は、きれい事が無ければ長続きしないことを知っている。
 
 
二流は、一流を目指す。
一流は、一流と評価される遙か前の無名時から、既に一流である。
 
 
二流は、負けは終わりと思う。
一流は、負けは高見への始まりだと思う。命あるかぎり挽回できることを知っている。
 
  
二流は、人生の成功は社会的成功だと思い、平凡を笑う。
しかし真の一流は平凡。代わり映えが無く、浮き沈みもない人生を12年間以上過ごせることこそ真の一流。
歴史に名が残らず、人知れず骨になる者の中に一流がいる。
しかし、人に知られずとも、事実は無にならない。
これが天網恢々疎にして漏らさずの本意である。
 
二流は、死は終わりと考える。故に、人生は一度きりと我欲を優先する。
確かに、地球上を基準にすれば、死は消滅に見える。
しかし、宇宙を基準にすれば消滅ではなく変化にすぎない。
一流は本能的に、これを知る。故に他界と言い、最後の日まで成長を止めない。
 

 
 
以上、ほんの一例をご紹介しました。 

あなたの心には、何が残りますか。
 
どのジャンルの業界でも、スタート地点は平等に用意されています。
ところが、ある所まで進むと、一流の世界へ入れる道と、二流のまま停滞する道に分ける分岐点があるのです。私は、この分岐点を発見しました。そして、この分岐点が、なぜ現れるのか。この原因をも見つけています。
 
私は、受講者に分かり易く理解してもらうため、これらを図で説明できるようにしています。
これにより、一流の世界へ行けない人達が立ち止まる「二流の壁」の正体を簡単に知ることができます。
知ってしまえば、二流や三流と俗に言われるエリアでくすぶっている方々も、一流の世界へ行くことができています。
 
人生は、「人生観」、「心指し(志)」、「行動力」を吟味し、改善すれば簡単に変えることができると話しています。
私がいうことは、きれい事でも気休めでもない、これを最も表しているものが「二流の壁・誘惑の塀」のプログラムだと言われます。
 
通常、社員向け研修ではオカルト的と誤解される可能性があるため語らないことがあります。それを、ここでは語りましょう。
 
 
宇宙から降り注ぐ聖なるエネルギーは、些細なことでも感謝する者を好み。己の無意識で生じた悪気の無い不徳に、心底懺悔する者を助けたいと作用する。
 
地球のエネルギーは、増幅、還元、分配を好む心をもつ者に力を貸そうとする。
 
これら摂理を感得できる心を、私はマスターマインドと呼びます。
そして、このマスターマインドを得るための心身を鍛えることこそ、次代のリーダー育成だと考え、いくつものプログラムを用意しておりました。
 
しかし、公にする場が与えられない事実が、私を必要としていないという天命だと悟り、この度 法人様へのご提供は終了と判断しました。
 
法人様へノウハウ提供終了に伴い、最後に感じて頂きたいものを、私流に一覧にさせて頂きました。
 
あなたに私が伝えたいことが、あなたの背中を押すきっかけになれば幸甚です。
 
 
 
 

 塾主 山口善義
 


私は、一流、二流という区別を好んではおりません。受講者がイメージしやすいため、便宜上利用しているだけになります。誤解無いように補足致しました。
 

 
 

 

 

 

 

2024年8月23日
8月27日加筆
8月30日加筆修正

 
反響が大きいようなので、最後に番外編をたさせて頂きましょう。
私が話してきた中で最も理解され難いものをおまけとして付け加えます。
 

二流は、想念で夢を見る。故に叶わず。
一流は、意念で夢を見る。故に叶う。但し、自らの積徳以上のものは具現化されない。
二流は、意念で勘を働かせる。故に外れる。
一流は、想念で勘が働く。故に正確となる。
 
これらの意味が分かりますか。安心して下さい。相当修行を積んでいると自負している者でも、そう易々とは分かりません。

それでは、少し現代的な分かり易いものに換えて終わりにしましょう。
 

二流は、他者の目があるところを優先し尊ぶ。結果、他己評価に一喜一憂せざるを得なくなる。
一流は、他者の目が無いところでの行為が自らの人生を豊かにし、幸運を招くと知っている。故に、他己評価よりも本望を優先する。結果、他己評価で自暴自棄になることがない。
 
 
 
二流は、幸運は偶然生じると考える。
一流は、幸運は自らの生き方で招くものと考える。
故に、大谷翔平選手がグランドのゴミを拾い、ポケットに入れる姿を見て、二流は感心するが真似はしない。
一流は、かの姿を見てゴミを拾っているのではなく、運を拾っていると見え、感心では終わらない。

 【link:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)参照』】

 
一流と二流の差は、ほんの些細なことからはじまり、大きな差となり終わります。
この差の違いを理解して生きることが神仏を信じるよりも、人間には先に必要だと存じています。
 
なぜならば、幼少から眺めてきた光景があるからです。
敬虔な信仰を持っていても幸福から遠ざかってしまう人と、神仏を全く信じなくても人道のど真ん中を悠々と歩く人を、それぞれ眺めてきました。
そして、これらの原因を既に感得しています。
 
最終回ですから、少し私の存念をお話しましょう。
 
神仏を信じた方が良いですかと問われれば、私は信じた方が良いと答えます。
なぜならば、絶対的な完璧な存在と、自らを比べることで己の未熟さの輪郭が明確になり、この結果、正しい改過自新ができるからです。
但し、神仏を信じたぐらいで天国に行けると思ったら大間違い。逆に、神仏を全く信じなくても天国に行ける人は行けると答えます。問題は、なぜ行けると言えるのか。生きる上で最重要なことは、この理由に気づくことと存じています。
 
宗教に入った方が良いですかと問われれば、ご自由にどうぞと答えます。
但し、神仏を信じる程度で入信すれば、辛くなりますよと付け加えます。
 
 
常々、自我と真我を分けて私が話すのには、重要なことがあるからです。
自我の領域で神仏を信じていても、残念ながら思いは天に届いていない。
具体的な事例を申しましょう。世のため人のため、従業員は家族だと言い、そして寄付好き。このような社長がいる会社が、閉店倒産するのです。これらは、自我のレベルで考えているからなのです。
 
善行は自認した瞬間、無に帰する。
無意識の悪行は、いずれ具現化し自らを苦しめる。
 
このことの重要さと厳しさを知ればこそ、人生を左右しているものは、真我(潜在意識)の状態だということに気づく。この重大さを感得しているため、私は自我と真我を分けて話すのです。
 
ただ難しいのは、真我の状態は、相当修行しても自覚できないということです。だからこそ、意識的に重要だと感じる習慣が大切になります。
 
この感覚が少しでも分かれば、集客に困ることも、人間関係に困ることも、「これ」をすれば無くなりますよという私の話の意味も深く理解できるようになります。
 
「これ」とは、呼吸の仕方であり、呼吸の仕方をコントロールすることで、人は心の重心を変えることができるのです。そして、心の重心に合わせてイメージする。この呼吸とイメージの仕方で、人生の軌道も徐々に変わるのです。
 
私は、オカルト的や、宗教的と思われる内容を法人内で語ること、極力控えてきました。科学的に証明できないものは、不適切になり得ると思うからです。
法人の場合は、言語化や可視化できるものを何より優先すべきです。これが結果的に、様々な考えで生きている社員各位を正当に保護することになるからです。
 
なぜ最終回に、こうした内容を語ったのか。それは、今の日本は、本質から外れていることが多いと、指導者層が気づいて欲しいからです。
 
例えば、いじめの問題です。
学校で、いじめを解決しようとするといかにして、いじめっ子を無くすかを先に考えますね。これが本質から外れているのです。
 
分かり易く例を変えましょう。
地震の多い日本だから、国外に移住しようと考える人より、地震に耐えられるように暮らそうと考える人の方が圧倒的に多いですよね。
逃げるのではなく、適応しようと考える。これもまた進化の姿であり、これが自然なのです。
 
したがって、いじめっ子を無くす。いじめっ子の居ないところに移る。これらが先ではなく、いじめっ子が居ても負けない。あるいは適応できる力を身に付けさせる。これが先だと気づく大人が増えれば、辛い思いで苦しんでいる子供達は救われるのです。(※1 下段補足)
 
この世は、健康上の苦労、経済上の苦労は、いかに七転八倒苦しみを得ても、一度乗り越えれば同じ苦しみが繰り返される可能性は低いのです。
ところが、人間関係の苦労は、乗り越えても乗り越えても一生付きまとう。
この現実に向き合うことを子供に教える。そして、最後まで生きぬく力を子供に授けることこそ、大事な子育てなのです。
学校の成績を良くするだけでは事足らない領域があると知って、はじめて子供のためになる。そう思われませんか?
 
もしあなたが、共感されたなら自らの側にいる子供達から教えて上げてください。必ず将来、あなたに感謝されます。
 
 
道理を見極める能力。
摂理に敏感になる能力。
こうした能力を訓練されていない人が増えたという事実。
これに気づく真面な人が、今この国に必要だと思いませんか?
 
企業にも同様です。
社是や企業理念は、宗教の教えと同じく感化が必要です。
しかし、その目的も役目もやり方も、全く違う。この違いを明確に理解し、社員各位に教えられる人がいなくなれば、浮き沈みの激しい経済下で脆弱な組織として生きねばならなくなるのです。
 
この怖さに気づく人が、本当に少ない。
これが、私が今の日系法人を眺め、憂いている点であります。
 
今回は法人様への営業活動終了に伴い、また最終回ということで特別に少し難しい話も織り交ぜました。
 
 
あなたの心には何が残りましたか?
何か一つでも、些細なことでも、あなたの役に立つことがあれば幸いです。

 
 

 (以下、2025年3月3日加筆修正)
(    2025年5月22日加筆修正)
(    2026年1月20日加筆修正)
 
※1 
苦しんでいる子供にむち打つようなことにならないよう補足します。
 
現在、いじめられている子供に対して、「いじめに負けるな」、「頑張れ」と俗に言う根性論で励ますことは、無駄に苦しめるだけで何の解決にもなりません。可愛そうなことはしてはなりません。
頑張っている人間に、頑張れと言う事ほど無慈悲なことはありません。
 
いじめられている人の場合、大きく二つの理由があります。
 
一つ目は、協調性がないのが原因。所謂、めだつ、鼻に付くと思われてしまうタイプです。このタイプは、属する環境が変わると、いじめられなくなることがあります。
 
二つ目は、恐らく多くの人が解決出来ないと困っているタイプです。それは、本人の自覚が無く、自らの雰囲気で、いじめられやすくなっているタイプです。
 
 
そこで、二つ目の解決法を特別に結論から話します。
理由は長くなるので割愛します。だまされたと思って実行してみてください。
 
まず基本から話します。
 
 

いじめ られたくなければ、己から出るエネルギー(雰囲気)の質を変えよ!

 
 
と、いうことです。
それでは、体からでるエネルギーの質を変える方法について話をしていきましょう。
 

体からでるエネルギーの質は、心根の状態と、体調で変わります。
心身両方か、心と体どちらか一方でも変わります。
 
ここでは、誰しもが簡単にできる方法で説明を続けます。
 
心根と言っても、体内のどこにあるかは、通常は実感できません。
その一方、体調の良し悪しで雰囲気が変わることは、誰でも経験的に知っているはずです。
 
心根の状態を変えるために、最も簡単な方法は、何か?
 
心と体は分離して動きません。そこで体を変えることで、心根に影響を及ぼすのです。
 
 

「いじめ」られている人が、「いじめ」られないようにしようとすればするほど、「いじめ」られやすくなる。
「いじめ」られても、私は大丈夫。この心になれれば、「いじめ」られなくなって行く。
この事実に気づいた者から救われる。

 
但し、いじめられても大丈夫という気持ちにするためには、心を強く持っただけではダメなのです。
体を強くする必要があります。
 

いじめに負けない心にするコツは、自らの体を強くすること。この場合の体を強くするとは、体力を上げるというより、気力を上げるというイメージです。
この感覚が、早道になる。これが、私が話す基本です。
 
 
改めて申しましょう。
実は、いじめられる理由が分からず、人からいじめられるのは、大人も子供も問わず共通しています。それは、いじめられやすいエネルギーが自分の体から出ていることに気づかない。これなのです。
 
理由はわからない。しかし、この人の近くにいるだけ、ただ見ているだけなのに腹が立つ。あるいは、気分が悪いという経験は、ありませんか?
 
この癇にさわる。気に障る。この源こそ、人が発散しているエネルギーなのです。
 
したがって、自分から発散するエネルギーの質を変えてしまえば、いじめっ子が、いじめたくてもし難い状態へとなれるのです。
 
「いじめ」られやすいエネルギーを、「いじめ」られにくいエネルギーに変えてしまえば良いのです。
 
では、なぜ私がこのことを知っているのか?
詳しくは長くなりますので割愛し、証しだけ申しましょう。
 
私の行うセミナープログラムに雰囲気改善(Karma improvement)というものがあります。
 
店員の雰囲気を私の言う通りに変えると、何もしゃべらず、ただ店頭に立っているだけ。これだけで集客数が増えるという実践ノウハウです。
受講者皆様が驚くプログラムで実証してきているのです。
人間は、自分が発散しているエネルギーを変えるだけで、人生や人間関係に変化を起こすことができる。これを、私は既に熟知しているからです。
 
勿論、今回お話しする方法でも、体質によって例外があります。
例えば、持病があって体を鍛えることができない。外出することができないという事情がある人が、世の中にはおられるからです。
 
このため、今回の話で100%の成功を保証できないことを、正直に先に申し上げます。
 
その上で確率の高い方法を語ります。
私の話は、受講者以外は恐らく誰も聞いたことのない方法です。
当然ながら教師も知りません。だからこそ、いじめ対策が効果がないのです。
 
小学生や中学生に、いじめは悪いことだと、いかに丁寧に教えても、いじめは無くなりません。
 
なぜならば既に、いじめは悪いことだと全員が知っているからです。
いじめは悪いと知っていても、無自覚に人をいじめてしまう心理の原因を教える人がいなければ、無くならないのです。詳しく知りたい方は、こちらへどうぞ。
 
 
あなたの周りで、もし困っている子供や友人がいたら教えてあげてください。
 
 
年齢は、あくまで目安としてですが15歳までの男女の場合は、早朝日光にあたりながら、息を鼻から沢山吸う。可能な限り沢山吸います。そして、今度は勢いよく一気に、口から息を吐く。これを10回以上、間髪を入れずに繰り返します。ここでのポイントは、必ず鼻から吸って、口から吐く。これでなければ駄目だと言う事です。
 
最初は回数を多くできないはずです。徐々に慣れてきたら、20回でも30回でも続けて構いません。
心が軽くなるときが止め時だと体が教えてくれるようになります。
ここでの注意点は、この方法は、深呼吸ではありません。吸うこと自体が大事なのです。吐くことよりも吸うことだけに意識するのです。
 
実は、人は心が弱ると吸気できにくくなるのです。
そして、吸気が弱いために、呼吸力も弱くなる。呼吸力が弱くなると、特有のエネルギーが体から出るのです。肉眼では見えませんが。
 
したがって、いじめられやすい子は、息を吸うのが苦手ということが多いと気づくはずです。
だからこそ、日々の訓練になるのです。ポイントは、日光です。それも朝日。したがって、月明かりでも、電灯の下でも効果は望めません。
 
成功したかどうかは、子供の雰囲気や目つきが明るいと感じれば成功だと思って大丈夫です。
 
実は、この呼吸法は、15歳以上の子供から、大人の人にも有効です。
 
但し、大人の場合は様々な経験が増えることで呼吸中も雑念が多くなります。
 
そこで大人が行う場合は、コツが必要です。
 
息をたくさん吸うだけではなく、息を吐くときに、不安、心配、恐怖、怒り、こうした生きる上で不要なものは、自分の体から出ていきますと、イメージしながら息を吐くのです。口から悪いものが出ていくイメージです。
上手くできるようになると、心が軽くなったことが分かるでしょう。
 
 
そして、さらに言えば、呼吸力を高めるだけでは解決できない人達が、この世にはいます。
呼吸法だけですと、弱った精神状態のために、どうしても息をたくさん吸えない人がいるからです。
 
そこで、もう一つ付け加えます。
 
女性の場合は、年齢問わず柔軟体操を行うと良いのです。16歳未満の男性も柔軟体操が良いです。
特に股関節を柔らかくします。足を開き前屈する程度で大丈夫です。下半身の柔軟を中心に、上半身をおまけと考えれば充分です。
無論、無理はケガの元です。気持ちよく筋肉がのびていると感じる程度でも問題ありません。
ポイントは、これも日光の下で行うのが良いのです。しかし、日焼けを気にする場合は、屋内でも大丈夫です。
呼吸の訓練と、柔軟の訓練を同時にすれば、雰囲気の変化が早くなります。
 
男性の場合、16歳以上から筋トレが良いです。16歳未満の筋トレは、身長等、成長期の妨げになる恐れがあり注意が必要です。このため、柔軟体操を勧めています。
 
筋トレを行う際、特に、胸筋のトレーニングが良いのです。したがって、腕立て伏せで充分です。胸筋が発達してくると、多くの男性は、心の状態が変わります。簡単に言うと、心がタフになります。心がタフになると、本人は実感できなくても、他者からみると後ろ姿すら堂々とした人に見える様になるのです。
厳密に言うと、雰囲気が変わる以上に変わっているものがあるのです。これが、いじめられにくくなる理由です。
 
無論、人間の体の面白い点は、一箇所の筋肉を鍛えても発達しません。ですから、全体的な筋トレが良いのですが、ここではあえて「胸筋」と言っておきます。その方が、効果が分かり易くなるからです。
胸筋を鍛えることで、二の腕の部分も太く強くなります。男性の場合は特に胸筋と腕の筋肉量が、実は心の状態を変えるのです。
 
いじめられている人を、言葉だけで励ますような低俗なことはせず、本質的に救ってあげることが、今求められているのです。
 
今回の話のポイントです。
 
いじめられている人が、いじめっ子より、体からでるエネルギーが強くなる。あるいは、同等になれば良いのです。
 
人間は本能的に自分と同じエネルギーや、それ以上の人を「いじめる」ことは、非常に難しいのです。これを知っているからこそ、お話しできるのです。
 
 
いじめられても、負けない心と体にする。これも生きる上での大事な能力ですが、その対極に、大事な考え方があります。
 
矛盾しているように見えますが、この世は陰陽のバランスが大事。したがって、一方だけで観ず、両極で観ることが、本質や本意に気づく近道になります。 これが、非思量という心の状態の直前の心状です。
私の話が矛盾していると軽視せず、以下を注意深くご覧ください。
 
 
 
自らの雰囲気を明るく変えられるように成功した暁には、必ず教えてあげて欲しいことがあります。
成功する前だと心定めができず、逆に成功を遠ざけます。成功した後の話ですので、どうぞ御注意ください。
 
必ず子供達に教えてあげて欲しいこと。それは、最後の日まで生きぬく上での心得です。
心得とは、「この世に、死にたくなるほどの思いをしてまで行くところはない」という事実です。
学校、職場、自宅、どこでも同様にです。死にたくなる思いを抱き、我慢して行くところではありません。
 
「死にたくなる環境なら、迷わず逃げろ。逃げることは恥では無く、生きぬくための知恵」
 
それが、自然界の全ての生き物に与えられた特権だと教えてあげてください。
渡り鳥や、サバンナで移動するゾウや水牛の群れをみて分かるように、自然の生き物は過酷なところで耐え忍ぶことはありません。食べ物のある場所や、住みやすい所に躊躇なく移動します。これが、自然なのです。
耐え忍ぶことに意味があるのではなく、生きぬくことに意味があるのです。
人間も同様です。自分が生きやすいところへ移動する。この自由が等しく与えられているのです。
 
人間は、生きぬくために学校で学び、生きぬくために職場で生活費を稼ぐ。
死ぬためにいく学校も、職場もありません。
これを周りの大人達が知り、本気で語ってこそ、子を救うのです。
 
ここで反論する人がいるでしょう。
 
確かに、心も体も苦労しないと強くなれません。だから逃げていては、いつまでも強くなれない。逃げてはダメだと言う人が必ずいます。
確かに筋肉も負荷をかけないと強くなれません。心も苦労に打ち勝てば強くなれる。だから、困難から逃げては駄目だという人の意見も分かります。
 
しかし、この考えには、大事なものが欠けているケースが多いのです。 
欠けているもの。これこそが、大事な注意点なのです。
 
 
大事な注意点とは、人間には耐えるべき苦労と、耐えてはいけない苦労があるということを知ることなのです。
 
自分が積極的、主体的な心の状態で行えるものは耐え忍ぶことで身になるようになっています。
 
例えば、オリンピック候補選手の訓練をみてください。荒行以上に、心身を酷使しています。なぜオリンピック候補選手は、それでも訓練を続けられるのか。それは、自主的だから耐えられるのです。
 
一方、耐えてはいけない苦労というものがあります。それは死にたくなる感情が生まれるものです。
 
再び、オリンピック候補選手の訓練を例にしましょう。
金メダルを目指している者のトレーニングは、金メダルを目指す者だから耐えられる。
ところが、金メダルにまったく興味の無い者へ強制すれば、拷問になってしまいます。
 
人間は、自主的に行う時と、強制されて好まず行う時では、同じ動作でも結果が変わる生き物だという自覚が親や、教育者、指導者に足らない。
私は常々感じています。
 
この世には、耐え忍ぶべきものと、耐え忍んではいけないものがある。
 
この見極めができない親や、教育者、指導者がいる。これが、子供を余計に苦しめ、自尽を止められない原因なのです。
 
死にたくなる感情が生まれる苦労は、耐え忍んだところで身にはならない。
この点を、先ずはあなたから、子供達に教えてあげてください。
 
 
最後に、決して見過ごせないことをお話しましょう。
 
子供は大人と異なり、ガス抜きが自分では容易にできません。大人は、ストレスがたまったら、酒を飲んだり、ドライブに行ったり、ゴルフやカラオケをしたり等、ストレス解消ができます。
 
ところが子供には、この自由がないのです。
特に見過ごせないのは、優しい子ほど嫌な事があっても周りに心配や迷惑をかけないよう我慢してしまうことです。
これが危険のはじまりなのです。最初は些細な嫌な事も、チリと積もれば、どうなるか。是非、想像してみてください。
そして、子の心を察してあげてください。大事になるまで、なぜ周りの大人に相談できない子がいるのかを。
 
だからこそ、近しい大人が子供の様子を見て、定期的にガス抜きを行う。その手伝いが、大人の大事な役目であり、必要なことなのです。
そうすれば、自らを追い詰め死に至る子を救う事も、いじめっ子を生む環境さえも少なくできるのです。
いじめられる子だけでなく、いじめる側にも救済が必要なのです。なぜ、人をいじめないと気が済まなくなっているのか。原因が必ずあるのです。
 
近しい大人とあえて言うのは、親や教師が近しいとは限らないからです。心の距離と、肉体の距離が、常に同じとは限らない。それが、人間関係です。
 
思いやりがなければ、何十年一緒に暮らしていても家族になれず、離婚となります。側にいるから近いのではない。これもまた厳しいかな、世俗の現実です。
だからこそ、子供達には、気づいた大人が手を差し出すことが尊いのです。
この尊い手の一つに、あなたの手がありますよう祈っております。
 
 
 
最後に申し上げます。
 
私は、いじめ解決のコンサルティングは、一切しません。
なぜならば、15歳までの女子がいじめられている場合は父親本人と父親の家系、男子がいじめられている場合は、母親本人と母親の家系に対して厳しい事を言う必要があると感じます。
しかしながら、私の言動に容易に耐えられない。そう察しているからできないのです。
 
苦しみにむち打つようなことは望まないため、一切をお断りしております。
御容赦ください。
 
 
 
 

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